石井久子と子供の現在!木田裕貴子などその他【麻原彰晃の愛人】 エンタメ

石井久子と子供の現在!木田裕貴子などその他【麻原彰晃の愛人】

1995年に起きた地下鉄サリン事件の首謀者麻原彰晃は、その教団の中に多数の美人愛人を抱えていました。今回は麻原の子供を産み女帝とも言われた石井久子を始め、飯田エリ子や木田裕貴子などの経歴や教団内での役割、教団崩壊のその後や現在の様子についてもまとめました。

目次

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石井久子とは【画像】

オウム真理教の教祖麻原彰晃には木田裕貴子や飯田エリ子など多くの愛人がいましたがその中で最大の寵愛を受け、教団内で絶大な権力を誇ったのが石井久子です。

オウム真理教の前身団体である麻原彰晃のヨガ教室に顔を出していた人物で、オウム真理教が巨大化していく状況に密接に関わった存在だとされています。まずは石井久子について詳しく解説します。

石井久子の生い立ちと経歴

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石井久子は1960年9月26日生まれで、出身は神奈川県横浜市です。オウム真理教に関わる前は美人な上に非常に優秀な女性で、文武両道に優れ大学進学を希望する才女でした。

父親は公務員だったようですが、女性であるという事を理由に両親に大学進学を反対され、産業能率短大秘書コースへ進学しています。

石井久子は短大卒業後、日産火災海上保険に就職しますが、その時の同僚が、飯田エリ子でした。ディスコ仲間だった飯田エリ子にヨガ教室(鳳凰慶林館)に誘われ、麻原彰晃に出会います。

石井久子は麻原彰晃との間に三人の子供をもうけ、うち2人は双子

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麻原のヨガ教室(オウムの会)が「オウム神仙の会」へとオウム真理教としての形を取り始め、1986年6月に、出家制度が始まり、石井久子は早い段階で入信、会社を辞め離婚し子供1人を連れ出家します。

当時麻原彰晃は千葉県船橋市に住み、渋谷区のヨガ教室へ通っていたものの、1986年頃からヨガ教室に住み込むようになり自宅へ帰らなくなったそうです。

この頃石井久子が麻原の愛人となったと言われており、子供を出産したのは1993年と1995年、最初の2人は双子でした。2020年現在は27歳と25歳になっているはずです。その他にも子供1人を死産しています。

オウム真理教・麻原彰晃(松本智津夫)の寵愛が最も厚かった美人な愛人

石井久子は大変な美人であり、オウム真理教の教祖麻原彰晃に絶大な寵愛を受け、教団内での権力は麻原の正妻松本知子を凌ぐと言われ「女帝」とも言われていました。

石井久子は大変美人であったためか麻原からの寵愛が最も厚かったと言われており、その事で正妻松本知子との間によく喧嘩が見られたとの話もある様です。

麻原彰晃は黒髪ロングで化粧っ気のない美人が好みだったようです。

また、教団の宣伝塔を自ら買って出るなど、自分が美人である事を意識して行動していた節があります。1990年には衆議院議員選挙に出馬していますが、落選しています。

省庁制採用後の大蔵大臣、オウム真理教のNo.2

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石井久子の教団内での管理番号は「00001」で初期の段階のオウム真理教へ入信、早い段階でオウム真理教内で高い階級である「正大師」となっています。美人である事を活かして教団の広告塔ともなっています。

オウム真理教が官庁制を導入すると教団の資金を管理する「大蔵大臣」に就任し、教団内の資金管理をするという事実上のオウム真理教No.2の立場となっています。

ちなみに、麻原の正妻である松本知子は株式会社オウムという出版を受け持つ部署の社長に任命されていましたが、事実上の立場は石井久子の方が上でした。この事で麻原と松本知子はよく喧嘩していた様です。

3人の子供が麻原彰晃の子供であることは隠されていた

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石井久子の3人の子供達は、教団内では麻原彰晃の子供である事を隠されていたそうです。その理由を麻原の正妻である松本知子への配慮や他の信者達を納得させるのが難しかった為と後の法廷で説明しています。

正妻である松本知子への配慮と言ってはいますが松本知子は麻原と石井久子の間に子供がいる事を知っており、この件で麻原の事を殴りつけたり、包丁を振り回して暴れたりしていた様です。

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この件からしても、石井久子が松本知子への遠慮をしていたとは考えづらく、事実上自分が教団で二番目に権力を持った存在である事を自覚して行動していた可能性が高いのではないでしょうか?

松本知子の供述によると、石井久子や麻原彰晃により監禁されたこともあると語っていたようです。

石井久子の逮捕

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1990年の衆議院選挙でオウム真理教は全員落選。国家転覆計画のための活動をはじめ、熊本県阿蘇郡波野村に進出するも住民から反対を受けます。

土地売買に関する国土利用計画法違反事件で強制捜査となり、早川紀代秀、満生均史、青山吉伸、大内利裕等の教団幹部とともに石井久子は逮捕されることとなります。

その後、1993年頃、オウム真理教は、自動小銃などの兵器やサリンの合成などを行っていきます。1994年に松本サリン事件を起こし、1995年3月20日には地下鉄サリン事件を起こします。

石井久子と子供の現在

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このようにオウム真理教内で絶大な権勢を誇っていた女帝石井久子でしたが、1995年のオウム真理教崩壊以降から現在にかけてはどのように行動していたのでしょうか?

石井久子も地下鉄サリン事件に関わる容疑で、逮捕される事になるのですが、そんな中で、麻原彰晃との間にできた3人の子供達を守るための行動をすぐさま起こしています。

また現在の様子については、懲役を経てオウム真理教への信仰を捨てた事を明言してからは一般の仕事について普通に生活しているとの情報もあります。それらの点についても順番に見ていきましょう。

麻原彰晃の逮捕後、石井久子は3人の子供を私生児として届け出た

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1995年の麻原彰晃逮捕後、石井久子は3人の子供達を私生児として届け出ています。これは子供達の事を守るための行動だとされています。この子供達の現在については詳しいことはわかっていません。

1995年9月、自身の逮捕翌日に教団幹部の鎌田紳一郎と獄中結婚

1995年9月6日、信者に逃走資金を提供したとして犯人隠避容疑で逮捕されます。その翌日、獄中にて教団幹部鎌田紳一郎と結婚しています。これは子供達の保護者不在を避けるためだとされています。

2000年11月に出所、オウムを信仰していないと記者会見で発表

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石井久子は法廷後4年の実刑判決を受けています。2000年11月18日に出所し、その時の会見にてオウム真理教への信仰を捨てた事を改めて発表しています。この時は憔悴した様子で目も虚ろといった印象でした。

今後は子供と静かに暮らしたい?

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石井久子は記者会見で、今後は、「3人のこどもと一緒に静かに暮らしたい」と語っていたようです。

石井久子の子供の面倒は妹が見ていた?

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石井久子が出所するまでの間、3人の子供は石井久子の妹が見ていたとも言われています。その間オウム真理教から養育費が援助されていたそうですが、1999年までで打ち切られたそうです。

現在は訪問介護の仕事をしながら父親と2人暮らし

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2011年時の公安関係者からの情報によれば、石井久子は父親と2人暮らしをしており、訪問介護の仕事をしているとのことでした。それからさらに9年が経ちますが、2020年現在の暮らしは不明です。

2002年頃、精神を病んでおりアレフの本部に現れた

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石井久子は出所後に一時精神を病んだ様で、オウム真理教崩壊後に幹部だった上祐史浩が元信者達をまとめて立ち上げた組織アレフの南烏山の本部に2002年頃に現れ、訳の分からない事を叫び警察に連行されています。

「石井さんが出所した後、02年頃のことです。彼女は突如、南烏山のアレフの本部に現われて、『マイトレーヤ(上祐のホーリーネーム)はどこ、金庫はどこ?』など訳のわからないことを叫びながらマンション中の部屋を覗き回った。あまりの狂乱にみんな唖然として見ていた。警察が来て彼女を連れて行きました。一時、精神を病んでしまったようです」

(引用:デイリー新潮)

2007年、元幹部が「ひかりの輪」を立ち上げた際の誘いを断る

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これも公安関係者からの情報で、2007年、オウムの元最高幹部である上祐史浩が元信者達と「ひかりの輪」という団体を立ち上げた時「一緒に来ないか」と誘われますが、石井久子はあっさりと断ったそうです。

子供は現在27歳と25歳、石井久子と同居はしていない

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石井久子の3人の子供達は2020年現在27歳と25歳になっているはずです。現在は石井久子とは同居していない様で、それぞれに生活している様です。しかし、子供達の現在の行方については何もわかっていません。

麻原彰晃と松本知子との間の6人の子供の中には、麻原彰晃の子供と公表し本を出版している人もいますが、石井久子の子供についてはそのようなこともないようです。

子供たちは養護施設に入れられた?

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石井久子が2011年の情報で父親と二人暮らしをしているということだったため、石井久子の子供たちは養護施設に入れられたのではという噂も一部であるようですが真相はわかりません。

子供の義理の父、石井紳一郎は1999年にオウム真理教を脱会

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石井久子と結婚し、子供達の義理の父となった石井紳一郎については、1999年12月にオウム真理教を脱会している様です。その後、現在の様子については不明ですが普通に生活していると思われます。

石井久子と石井紳一郎が現在も婚姻関係が続いているのかについても明らかになっていないようです。

麻原彰晃の妻・松本知子の子供は?現在は?

一方、麻原彰晃の正妻の松本知子との子供は、何人いるのでしょうか?現在はどうしているのでしょうか?

娘は4人!

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麻原彰晃と松本知子には6人の子供がいて、そのうち娘は4人です。現在については、どの子供についてもそれほど情報がないのが現状のようです。

  • 長女:松本美和 1978年生まれ。2001年1月、東京都のスーパーで万引き、逮捕。
  • 次女:松本宇末(仮名) 1981年生まれ。ブログに弟や妹のこと等を書いて話題に。
  • 三女:松本麗華 1983年生まれ。1995年、教団のトップとなる。和光大学に合格も入学拒否される。2004年、文教大学科学部臨床心理科入学、2008年卒業。
  • 四女:松本聡香(仮名) 1989年生まれ。ジャーナリストの江川紹子さんが後見人。麻原彰晃に遺骨の引き取り先に指名されるも拒否。

息子は2人!

続いて息子についてです。2人の息子がいます。

  • 長男:1992年生まれ。関東の大学に進学。
  • 次男:1994年生まれ。1996年6月、教団の教祖に。

石井久子の他の麻原彰晃の愛人の現在は?

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麻原彰晃には石井久子以外にも美人な愛人がいました。教団全体で麻原と男女関係があった女性信者は一説には100人以上いるとされますが、その中でも美人であるとされる木田裕貴子と飯田エリ子について解説します。

麻原彰晃のその他の愛人①木田裕貴子

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麻原の美人愛人達の1人木田裕貴子は1995年時に18歳という事で、かなり若くしてオウム真理教へ入信しています。美人愛人の1人であり教団内での地位も若いながらに高く、大師である正悟師の地位にありました。

1995年、18歳の時に麻原彰晃の子供を出産

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木田裕貴子は10代でオウム真理教へ入信して麻原の美人愛人の1人となり、1995年秋、18歳の頃に麻原彰晃の子供(娘)を出産しています。木田裕貴子は現在43歳、木田裕貴子の娘は25歳になっています。

2011年当時、実母と娘の3人で群馬県に住んでいた

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2011年時点の情報によれば、当時木田裕貴子は木田裕貴子の母親と木田裕貴子の娘の3人で群馬県内の地方都市で暮らしていたそうです。現在については不明です。

近所の人の話として、木田裕貴子が幹部であった事は知られており、木田裕貴子の母親は孫(木田裕貴子と麻原彰晃の娘)が乗馬クラブへ通っていると自慢していたとの事でした。

自慢というのがなんとなく違和感がありますが、当時10代だった木田裕貴子は被害者という意識が強いのかも知れません。実際木田裕貴子は罪を犯しておらず、逮捕もされていません。

「あの一家がここに引っ越してきたのは10年程前。当時、警察が来たから、あの子がオウムだったことは知ってるよ。お祖母ちゃんが孫を乗馬クラブに通わせていると自慢していましたよ」(近所の住人)

(引用:週刊新潮)

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