津山事件の犯人都井睦雄の悲しい真相と寺井ゆり子ら生き残りの現在 社会

津山事件の犯人都井睦雄の悲しい真相と寺井ゆり子ら生き残りの現在

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徴兵検査で結核と診断されてしまう

そんな都井睦雄の人生が狂い始めるのは、1937年に受けた徴兵検査によってでした。結果は丙種合格、これは合格といっても正式な兵隊としてではなく民兵としてのみ可能という事で、実質不合格の様なものでした。

その理由は、検査によって肺結核と診断されたためでした。現代では考えられませんが、当時は肺結核は不治の病とされて差別される対象でした。この頃から都井は関係のあった女性たちからも拒絶される様になります。

女たちをはじめ村全体からの侮蔑

さらに、それが次第に集落全体に波及し、都井睦雄は集落の住民達から酷い侮蔑を受ける様になります。これは都井睦雄の心を蝕み、次第に恨みを募らせていく事になります。

不治の病 結核、そして死という不安

先ほども述べましたが、現在とは違い、結核は当時不治の病であり差別を受けると共に、本人も死刑宣告を受けたに等しく死の不安にとりつかれる事になります。

この事も都井睦雄を凶行に駆り立てた大きな要因となっています。追い詰められた都井はついに、どうせこのまま結核に蝕まれて死ぬのならば、いっそこの恨みを晴らして自ら死のうという結論に至ります。

事件4か月前 寺井ゆり子さんへのストーカー行為

事件の4ヶ月前、都井睦雄は遺書にも出てきた寺井ゆり子さんへと夜這いをかけています。この時既にゆり子さんは別の男性と結婚していましたが、これが原因で離婚する事になったとの説があります。

元々、都井睦雄と寺井ゆり子さんは恋人関係であったとの説もありますが、実は都井の一方的な現在でいうストーカー的行為であったとの説もありますが真相は不明です。

寺井ゆり子さんが他の村へ嫁ぐ

寺井ゆり子さんは都井の夜這いで離婚しますが、その後すぐに再婚し、他の村へと嫁いでいます。事件の当日はその村から集落へと里帰りしていた様です。

村人への復讐を決意

都井はこの頃に村人達への復讐を決意したとされます。事件一年前の1937年に猟銃の免許を取得し、散弾銃を入手しています。翌年にはそれを神戸で下取りに出し、新たに猛獣用の12口径の猟銃を購入しています。

しかし、津山事件が起こる2ヶ月前に、祖母の食事に何らかの薬を混ぜているのを祖母に目撃され「息子に毒殺される」と騒ぎまわったために警察の取り調べを受けその時に猟銃の他、集めた刀や小刀を押収されています。

都井睦雄はその後、親しい友人や祖母の食事に混ぜたのは自分が服用している「ワカモト」であり、健康のためだったと言っています。真相は現在まで不明ですが、祖母を毒殺しようとした可能性は低いと思われます。

津山事件の背景: 戦時中の日本と「夜這い」の文化

現在までの研究で、津山事件が起こった背景として、戦時中の日本の兵役につかないものへの侮蔑的な雰囲気と、当時村にあったという「夜這い」の風習にあるとされます。

兵役に就かないことの扱い

津山事件が起きた当時、日本は中国大陸で日中戦争を戦っており、欧米諸国との関係も緊張が高まっていました。そのため兵役につけずに国のために働けない男性を侮蔑する雰囲気が色濃く存在していました。

夜這いという文化

夜這いは男性が女性の所に夜こっそりと訪ねて、関係を迫るという当時の日本でよく見られたとされる風習です。津山事件の集落にもあったとされますが、これを否定している意見もあります。

住民はこれを否定しています。戦時中の日本においては出征する男性の留守中に、夜這いを行うというのは最も軽蔑される行為であり、その風習がもしあったとすれば集落自体が批判にさらされかねない為だと言われます。

津山事件の生き残り寺井ゆり子さんらのその後と現在

津山事件の生き残りである寺井ゆり子さんらの80年経った現在はどうなっているのでしょうか?その後、当時の住人はみな高齢となっており、生存しているのはごく少数となっています。

寺井ゆり子さんのその後と現在

まず、寺井ゆり子さんは2014年の段階では生存が確認されています。ただ、津山事件の原因を作った張本人とみなされ、地域社会から孤立しているとの情報もあります。

石川清氏が寺井ゆり子さんに2010年にインタビュー

2011年に発表された「津山三十人殺し最後の真相」という本で、作者の石川清氏が寺井ゆり子さんにインタビューをされています。

それによると寺井ゆり子さんは事件の原因を作った人物とされ、その後、差別的な扱いを受けながらも再婚相手との間に子供を産みしっかりと育てている様です。

西田良子さんの現夫への取材

また、遺書にも名指しで恨みを書かれ、殺害された西田良子さんの夫への取材も、その後現代になってから行われています。この夫はインタビュー時90歳の高齢でしたが、夜這いの説を否定しています。

この夫は夜這いなどなかったと否定し、真相は寺井ゆり子さんに対して一方的な恋心を抱いた都井睦雄の失恋が原因であり、多くの女性と関係があったと書いた事は都井の妄想だったとしています。

今でも存在する都井睦雄の姉のうどん屋

都井睦雄が執着し恋心を抱いたとの説もある姉についてもその後がわかっています。2001年に発売された雑誌「ダークサイドJAPAN」で姉が営むうどん屋が紹介されています。

2008年には、その情報を頼りにそこを訪れた人の情報もネット上に存在しており、その時点ではうどん屋はまだあったそうです。ただ、1997年頃に姉は亡くなっているとの事でした。

津山事件に関する当時の報道

津山事件は当時、世紀の大事件として報じられています。号外が出され、新聞やラジオで大きなニュースとされた事はもちろん、少年倶楽部などの少年雑誌でも特集が組まれた事でも人々の注目度合がわかります。

悪習「夜這い」を非難

当時の報道でも村に「夜這い」の風習があったことが取り上げられ、戦時中に夫の留守中に不貞を行う愚劣な悪習であるとして強く非難されています。

昭和の「鬼熊事件」と言われる

また、事件のその日のうちに『昭和の「鬼熊事件」』との見出しで号外が出たとされています。当日に号外が出ている事からも事件が大きく扱われた事がわかります。

津山事件を題材にした作品

津山事件はその前代未聞の猟奇性から、その後、現在まで人々の強い好奇心を惹きつけ、それを題材にした小説や映画、漫画などが多数存在しています。

八つ墓村

その中でも特に有名なものが、映画化もされた横溝正史の小説「八つ墓村」でしょう。こちらは横溝正史の代表的な作品ともなっており、現在でも根強いファンが存在します。

丑三つの村

こちらは津山事件を題材とした、西村望の小説です。こちらも映画化されており現在でもDVDを購入できます。フィクションとはいえ津山事件の事実がかなり取り入れらている作品です。

夜見の国から(漫画)

池辺かつみの「夜見の国から」は津山事件から着想を得たとみられる漫画作品です。かなりグロテスクな描写が多く、事件の凄惨な様子がかなり過激に描かれています。

負の暗示(漫画)

山岸凉子の漫画「負の暗示」も津山事件を題材として扱う漫画作品です。原作が存在しており、こちらは「闇に駆ける猟銃」というミステリー小説と「犯罪の通路」という元検事が書いた本を元にしています。

津山事件と同様の惨殺事件

津山事件と似ているとされる事件もいくつか存在します。その中から1913年にドイツで起きたワグナー事件と、2013年に起きた山口連続放火事件を紹介します。

ワグナー事件

1913年にドイツで発生した大量殺人事件です。事件当日犯人であるワグナーは妻と4人の子供を刺殺したのち、列車などを使いミュールハウゼン村へ移動し、村に放火したのち村人を銃撃、9人を殺害しています。

その後、津山事件が発生すると、このワグナー事件との類似性が指摘され、一部の研究者から「ぜひとも医学上の研究対象にすべきだった」と都井の自殺を惜しむ声すら上がったそうです。

山口連続殺人放火事件

2013年に山口県で起きた「山口連続殺人放火事件」は山間の小さな町で高齢者5人が殺害された事件です。この事件の犯人は地域で孤立しており、近隣住人と多くのトラブルを抱えていました。

地域住民への恨みを晴らす事を目的としたような大量殺人事件だった事から、津山事件との類似性があるとしてあちこちで話題となっています。

貝尾集落の現在

津山事件のあった貝尾集落はその後、どのような状況となっているのでしょうか?結論から言うと現在でも集落は存在している様です。ただし、限界集落となり近年都井の生家も取り壊しとなっています。

高齢化が進み限界集落に

貝尾集落は2010年の国勢調査によると、13世帯37人となっており限界集落化が進んでいる様です。その後、現在までの間でどの様に人口が推移したのかはわかりませんが、おそらく増えてはいないでしょう。

廃墟となっていた都井の生家が取り壊し

その後、2015年には廃墟となって残っていた都井睦雄の生家も取り壊されてしまった様です。そのほかにも廃墟となっている家屋が多く、現在、事件当時から居住している者は一人もいないとの事でした。

津山事件の真相は何だったのか?

津山事件は現在まで、都井睦雄が肺結核により差別を受け関係を持った女性たちから拒絶された事などが原因であったとされてきました。しかし、2008年発売の「週刊朝日」で当時のことを生存者が語っています。

それによると、そもそも都井睦雄が複数の女性と関係があったこと自体が都井の妄想であり、一方的な恋心を寺本ゆり子に抱いており夜這いを拒まれた事での失恋が犯行の原因である事が見え隠れします。

津山事件のその後は日本は戦争に突入し、それ以上の真相の解明はされなかった事や集落も闇として封印した事が、現在津山事件の謎が深まる原因の一つだと言えそうです。

津山事件に感じる人間の闇

今回は、昭和最悪の大量殺人事件と呼ばれる「津山事件」についてまとめました。津山事件は一人の人間を孤立させた事で起きてしまった大量殺人事件と言われています。

80年も前の事件ですが、社会から孤立した人間が追い詰められてしまいとんでもない犯罪を犯すと言うのはその後の現在でも起こっている事です。

今後、この様な悲劇を起こさないためにも、一人の人間が孤立して追い詰められる事のない社会を作っていく事が大切なのではないでしょうか?

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