新潟少女監禁事件・佐藤宣行と佐野房子の現在は?結婚の噂も

犯人の佐藤宣行の家族について

犯人・佐藤宣行がなぜこのような犯罪を起こしたのかを考えるにあたり、生まれ育った環境や家族が気になる所です。彼は両親と本人の3人家族で、兄弟はおらず、一人っ子として育ちました。

佐藤宣行の親には複雑な事情があり、同級生と比較するとずいぶん高齢な両親でした。それでも父親は会社社長であったため、暮らしは裕福なものでした。

佐藤宣行は「ボクちゃん」と呼ばれ、子供のころから自分の部屋があり、何不自由のない生活でした。欲しいものは全て買ってもらっていました。

母親は、遅くできた子ということもあり息子を溺愛していました。それは息子が大人になっても変わらず、引きこもりの息子のために、競馬新聞や食べ物をせっせと買い与えていたそうです。

父親について

佐藤宣行の父親について見ていきましょう。父親は大企業の専属運転手を長年勤めていました。退職後、新潟県柏崎市でタクシー会社を立ち上げ経営者となります。

61歳という高齢で結婚。その2年後、63歳で一人息子である佐藤宣行が生まれています。

80歳の時に息子に家を追い出され、親戚宅へ身をよせた後は介護施設に入所していました。3年後の83歳で亡くなっています。少女が誘拐される1年前のことでした。

母親について

続いては母親について見ていきましょう。母親は35歳の時、25歳上の61歳の男性と結婚。2年後に一人息子の佐藤宣行を授かります。

35歳で初婚というのは、当時としてはかなり高齢の部類に入るのですが理由がありました。若いころに心中未遂を起こしたために婚期が遅れたのです。

彼女は専業主婦ではなく、保険外交員の仕事をしていました。営業成績も良かったため、定年は5年延長され、定年退職後も嘱託職員として活躍していました。

晩年は息子の病気や家庭内暴力に悩まされました。佐藤宣行が監禁事件で逮捕された後、母親は認知症を発症し介護施設で亡くなりました。

新潟少女監禁事件の謎

新潟少女監禁事件にはいくつかの謎があります。佐野房子ちゃんは監禁中妊娠したという噂。9年もの間なぜ逃げ出そうとしなかったのかという疑問。

何より世間が不思議に思ったのは、佐藤宣行の母親が、同じ屋根の下に暮らしながら、監禁に本当に気づいていなかったのか?ということ。

このいくつかの謎について、詳細に見ていきましょう。

監禁中佐野房子ちゃんを妊娠させた?

実は、佐藤宣行が佐野房子ちゃんを妊娠させたのではないかという噂があるのです。佐藤宣行には女児へのいたずら未遂での逮捕歴もあるため、佐野房子ちゃんにも同じ目的で誘拐したと思われるからです。

しかし、佐藤宣行は佐野房子ちゃんに性的な行為はしていないとされています。その根拠は、新潟少女監禁事件で問われた罪です。佐藤宣行は、誘拐と監禁、万引きによる窃盗罪に問われました。

しかしわいせつや強姦については何のお咎めもなかったのです。あくまで噂なのですが、本当は性的ないたずらをされていたのに、裁判で争うと世間に知られるので「何もされていないことにした」と言われています。

裁判でわいせつや強姦について問われれば、その詳細を説明しなければなりません。未来ある若い女性である佐野房子ちゃんのことを考え、隠した可能性もあります。

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