新潟少女監禁事件・佐藤宣行と佐野房子の現在は?結婚の噂も 社会

新潟少女監禁事件・佐藤宣行と佐野房子の現在は?結婚の噂も

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マスメディアが行方不明の少女を発見したと報道

佐野房子ちゃんが発見された1月28日の夜、柏崎警察署は会見を開き「誘拐された少女を発見した」と発表しました。翌日には大々的にマスメディアによって報道されました。

犯人の佐藤宣行が、当時精神病院に入院していたため、刑事責任の有無がわかるまで実名を避け、「犯人の男」と呼称し報道されていました。

2月初旬に「刑事責任を問える」と判明したところで、実名報道が始まり、佐藤宣行の顔写真も公開されました。被害者が未成年だったこともあり、監禁内容についてはあまり触れられませんでした。

その代わりのように、犯人・佐藤宣行の異常性については報道が加熱。連日ワイドショーなどで取り上げられました。

2月11日に病院を退院したところで逮捕

1月28日に精神科へ強制入院していた作用宣行でしたが、誘拐事件の犯人と判明したため、警察が身柄引き渡しを要求しました。しかし精神病院の院長は、佐藤宣行が病気で強制入院しているとしてこれを拒否。

全ての医療措置が終了してから引き渡すことを警察も了承しました。実際、佐藤宣行は精神疾患に加え、内科的治療も必要となっており治療に10日間を要しました。

2月11日、佐藤宣行は病院での治療を終え、裏口から警察車両にのせられました。逮捕は病院敷地外でしてほしいという院長の希望があったため、敷地外にでた瞬間の14時54分に逮捕となりました。

3月4日に新潟地方裁判所に起訴

佐藤宣行の逮捕から22日後の3月4日、新潟地方検察庁は佐藤宣行を未成年者略取誘拐と逮捕監禁致傷の容疑で新潟地方裁判所に起訴した。(引用:Wikipedia)

起訴事実では、佐野房子ちゃんに与えた傷害について、筋力を失わせたこなど外的な内容が盛り込まれました。しかし心理的な傷、PTSD(心的外傷後ストレス障害)は除外されていました。

裁判中に詳細を説明しなければならないため、被害者である佐野房子ちゃんに負担がかかることや、プライバシーを守れなくなるという理由であえて起訴内容から外されました。

5月23日より公判が始まる

5月23日から公判が開始され、監禁内容についても次第にあきらかになっていきました。この公判は佐野房子ちゃんのプライバシーに最大限考慮して行われました。

まず起訴状の読み上げ時に、少女の名前は口に出さないようにしました。さらに彼女の負担を減らしたいという理由から、佐野房子ちゃんが証人申請されることはありませんでした。

7月10日に懲役14年が確定

7月10日、最高裁にて懲役14年の刑が言い渡されました。逮捕監禁致傷で10年、窃盗を併合罪として4年加算するというものでした。

新潟地方裁判所で一審判決が出た後、窃盗の併合罪で4年も加算されるのはおかしいと議論になりました。結果、高裁では懲役11年の判決が下ります。逮捕監禁致傷で10年、窃盗で1年という計算でした。

しかし最高裁では高裁の判決を破棄、一審の判決を支持して懲役14年の刑が確定しました。

犯人の佐藤宣行について

新潟少女監禁事件の犯人、佐藤宣行はどんな人物だったのでしょう。彼は1962年7月15日生まれ、事件を起こしたのは28歳、逮捕されたのは37歳の時でした。

精神病を持ち、職にもつかず家に引きこもり、少女を誘拐・監禁するという恐ろしい犯罪を起こした男。生い立ちや性格、経歴などについて見て行きましょう。

高校卒業後は引きこもっていた

佐藤宣行は高校卒業後、自動車部品工場に就職しましたが3ヶ月で退職してしまいます。その後他の職につくこともなく引きこもることになります。

部品工場を辞める理由は、「工場への出勤途中に立小便をした際、蜘蛛の巣が引っ掛かり汚れたから嫌になった」と話していたそうです。

一般的には理解しがたい理由ですが、佐藤宣行はこのころから「不潔恐怖症」という病に侵されていたようです。

不潔恐怖症は汚れを過剰に気にすることであり、現実に汚れているかどうかが問題ではなく、一旦取りついた強迫観念(不潔恐怖)を治めるために、さらに汚れを落とそうとするような脅迫行為を繰り返す強迫神経症の一種(引用:Wikipedia)

不潔恐怖症も様々な症状が出るのですが、とにかく「汚い、ばい菌がうつる」「清潔にしたい」ことで頭がいっぱいになるため日常生活を送ることが困難になることもあるそうです。

増築工事を中止、家庭内でも問題行動が起きていた

職にもつかず引きこもっていた佐藤宣行でしたが、23歳になったある日「これからはちゃんと働いて独立したい、そのために家を増築してほしい」と母親に頼みます。

母親は700万もかけリフォームを決行。しかし実際に工事が始まると、佐藤宣行は「自宅に工事業者が出入りするのは(汚いから)嫌だ」と入室を拒否。自分から頼んだにもかかわらず、工事を中止させてしまいます。

結局自宅は工事途中の中途半端な状態で放置されることになりました。このころには不潔恐怖症もかなり重度になってきたようで、問題行動も増えていきます。

佐藤宣行は自宅の窓ガラスを割ったり、障子を破壊するなどの暴力行為をしていました。引きこもりに加えて不潔恐怖、家庭内暴力と彼の精神状態は悪化の一途を辿っていました。

不潔恐怖は父親譲りか?

佐藤宣行の父親はタクシー会社の経営者でしたが、暇さえあればタクシーの清掃をしており、周囲からは潔癖症と見られていました。このことから佐藤宣行の不潔恐怖症は、父親譲りだと言われています。

不潔恐怖症で父親を追い出す

佐藤宣行は20歳のころ、自宅から父親を追い出しています。理由は「年老いて醜い(汚い)ので一緒に暮らせないから」。当時父親は80歳でしたが追い出されて兄弟の家に身を寄せたそうです。

父親を追いした佐藤宣行に母親は激怒。大喧嘩になり、母親が「自分も家を出る」というと、佐藤宣行は自宅の仏壇に放火しあわや火事となるところでした。

この一連の行動についても、医師は「不潔恐怖症」が原因と診断しました。佐藤宣行はその後1ヶ月間入院しています。

分裂病型精神障害と診断

佐藤宣行は佐野房子ちゃんとの関係について驚くべき発言をしています。「少女とは友達だと思っていた」「仲が良く、うまくやっていると感じていた」と語っています。

佐野房子ちゃんは、「監禁・暴行の恐怖から、佐藤宣行の機嫌を損ねないように従っていた」だけでした。一般的な考えでは分かりそうなものですが、佐藤宣行は「少女に恨まれてると裁判で初めて知った」そうです。

これには佐藤宣行の精神病が大きく関わってきます。彼は不潔恐怖症であると同時に分裂病型精神障害とも診断されていました。分裂病は2002年に名称が変わり、現在は「統合失調症」と呼ばれています。

症状としては、考えや気持ちが不安定になり、他人とコミュニケーションがとりずらくなり引きこもる。「監視されている」などという妄想や「悪口が聞こえる」などの幻聴もあります。

症状は幅広く、どの症状がでるかは個々で異なります。佐藤宣行の場合は自閉症状が強く出ており、意欲の欠如などが見られていました。また精神状態を示す言葉で「分裂気質」というものがあります。

分裂気質では一つのことに固着するかと思うと,急にそれから飛躍したりし,精神感受性は過敏と同時に鈍感なのが特徴。一般に非社交的,無口で,生活態度は自閉に傾きやすい。(引用:コトバンク)

佐藤宣行が非人道的な誘拐監禁事件を起こしたのも、感情が理解できなくなるような病気のせいだったのかもしれません。

1989年にも誘拐しようとし逮捕

佐藤宣行には女児に対する強制わいせつ未遂事件の前科がありました。それは新潟女児監禁事件が起きる約一年半前のこと。1989年6月13日、新潟県柏崎市でで9歳女児を誘拐しようとしたのです。

犯行を目撃していた女児の友人達が教師に連絡。駆け付けた教師達に身柄を押さえられ、警察に逮捕されました。このわいせつ未遂により、佐藤宣行は懲役1年の判決を受け、執行猶予3年付きの有罪となりました。

小児性愛だった?

佐野房子ちゃん誘拐の一年前にわいせつ未遂事件を起こしていた佐藤宣行。彼は小児性愛だった可能性があります。被害者は共に9歳の少女で、まだ幼い子供でした。

佐藤宣行は、わざわざターゲットを物色して、犯行に及んでいました。このことからも彼の性的興味は「幼い少女」に向けられていたと思われます。

犯人の佐藤宣行の家族について

犯人・佐藤宣行がなぜこのような犯罪を起こしたのかを考えるにあたり、生まれ育った環境や家族が気になる所です。彼は両親と本人の3人家族で、兄弟はおらず、一人っ子として育ちました。

佐藤宣行の親には複雑な事情があり、同級生と比較するとずいぶん高齢な両親でした。それでも父親は会社社長であったため、暮らしは裕福なものでした。

佐藤宣行は「ボクちゃん」と呼ばれ、子供のころから自分の部屋があり、何不自由のない生活でした。欲しいものは全て買ってもらっていました。

母親は、遅くできた子ということもあり息子を溺愛していました。それは息子が大人になっても変わらず、引きこもりの息子のために、競馬新聞や食べ物をせっせと買い与えていたそうです。

父親について

佐藤宣行の父親について見ていきましょう。父親は大企業の専属運転手を長年勤めていました。退職後、新潟県柏崎市でタクシー会社を立ち上げ経営者となります。

61歳という高齢で結婚。その2年後、63歳で一人息子である佐藤宣行が生まれています。

80歳の時に息子に家を追い出され、親戚宅へ身をよせた後は介護施設に入所していました。3年後の83歳で亡くなっています。少女が誘拐される1年前のことでした。

母親について

続いては母親について見ていきましょう。母親は35歳の時、25歳上の61歳の男性と結婚。2年後に一人息子の佐藤宣行を授かります。

35歳で初婚というのは、当時としてはかなり高齢の部類に入るのですが理由がありました。若いころに心中未遂を起こしたために婚期が遅れたのです。

彼女は専業主婦ではなく、保険外交員の仕事をしていました。営業成績も良かったため、定年は5年延長され、定年退職後も嘱託職員として活躍していました。

晩年は息子の病気や家庭内暴力に悩まされました。佐藤宣行が監禁事件で逮捕された後、母親は認知症を発症し介護施設で亡くなりました。

新潟少女監禁事件の謎

新潟少女監禁事件にはいくつかの謎があります。佐野房子ちゃんは監禁中妊娠したという噂。9年もの間なぜ逃げ出そうとしなかったのかという疑問。

何より世間が不思議に思ったのは、佐藤宣行の母親が、同じ屋根の下に暮らしながら、監禁に本当に気づいていなかったのか?ということ。

このいくつかの謎について、詳細に見ていきましょう。

監禁中佐野房子ちゃんを妊娠させた?

実は、佐藤宣行が佐野房子ちゃんを妊娠させたのではないかという噂があるのです。佐藤宣行には女児へのいたずら未遂での逮捕歴もあるため、佐野房子ちゃんにも同じ目的で誘拐したと思われるからです。

しかし、佐藤宣行は佐野房子ちゃんに性的な行為はしていないとされています。その根拠は、新潟少女監禁事件で問われた罪です。佐藤宣行は、誘拐と監禁、万引きによる窃盗罪に問われました。

しかしわいせつや強姦については何のお咎めもなかったのです。あくまで噂なのですが、本当は性的ないたずらをされていたのに、裁判で争うと世間に知られるので「何もされていないことにした」と言われています。

裁判でわいせつや強姦について問われれば、その詳細を説明しなければなりません。未来ある若い女性である佐野房子ちゃんのことを考え、隠した可能性もあります。

何故逃げ出さなかったのか?

2つ目の謎は、佐野房子ちゃんが逃げ出さなかったのはなぜか?ということです。監禁は9年2ヶ月という長い期間で、その間に何度かは逃げる隙もあったでしょう。

しかし佐野房子ちゃんは逃げ出さなかった。その理由としてあげられるのは「ストックホルム症候群」です。

ストックホルム症候群とは誘拐事件や監禁事件などの被害者が、犯人と長い時間を共にすることにより、犯人に過度の連帯感や好意的な感情を抱く現象。(引用:コトバンク)

佐野房子ちゃんは監禁されていたため、犯人の佐藤宣行を頼らなければ生きのびることはできません。そんな環境に長く置かれているうちに、佐藤宣行に対して仲間や家族のような感情を抱いてもおかしくありません。

度重なる暴言や暴力で、逃げる気力や思考力を奪われているところで、このストックホルム症候群かかってしまったのでしょう。

母親への責任は?

3つの謎は、母親は本当に佐野房子ちゃんが監禁されていることに気づいてなかったのか、ということです。監禁事件の舞台となったのは2階建ての一軒家。

1階には高齢の母親が暮らし、2階の一室で佐藤宣行と佐野房子ちゃんが生活していたのです。その状況で、母親は「女児が監禁されていることに全く気付かなかった」と証言しています。

普通の家庭ならば考えられないのですが、佐藤宣行が異様な生活を送っていたために事件は発覚しなかったのです。佐藤宣行は2階の一室に引きこもり、入浴は月1度のみ、トイレは自室でビニール袋に排泄。

食事は母親が用意していましたが、階段に置いておくといつの間にか自室に運んで食べているというシステムでした。母親ともできるだけ顔を合わせずに生活していました。

2階へ行くと佐藤宣行が激怒するため、母親は10年以上階段すら使ったことがなかったのです。その証言を裏付けるように、警察が2階の指紋を採った際、母親の指紋はひとつもありませんでした。

佐野房子ちゃんも「家に他の人(母親)が住んでるとは知らなかった」証言しています。このことからも母親は本当に佐野房子ちゃんの存在に気づいてなかったとして、責任を問われることはありませんでした。

新潟少女監禁事件のその後、佐藤宣行の現在について

佐藤宣行は現在どうしているのでしょうか。2003年から千葉刑務所で服役していたが、2017年春に刑期を終えて出所しました。現在は社会復帰をしています。

その間に佐藤宣行の母親も亡くなり、父もすでに他界していた彼には頼る家族はいません。

警察の行動に問題ありと批判

新潟少女監禁事件の内容が明るみになるにつれ、警察の行動に問題があると批判が噴出しました。まずは佐野房子ちゃん発見時の対応が問題視されたのです。

事前に佐藤宣行の強制入院を通知し、協力をお願いしていたにも関わらず、出動を渋ったこと。協力を依頼したのは一般人ではなく、医者や役所などの公的機関だったのに約束を反故にしたことも批判の的となりました。

さらにどう見ても普通ではない状態の女性(佐野房子ちゃん)が発見された際の、2度目の出動要請も断っています。そして後に発覚するのですが、佐藤宣行の母親が警察に「家庭内暴力」について相談していたのです。

佐藤宣行の暴力に悩んでいた母親に対し「それは警察がする仕事じゃない。保健所に行ってくれ」と追い返したそうです。この時にきちんと対応していれば、佐野房子ちゃんを早く救出できた可能性もあります。

この事件で、柏崎警察署の横着な仕事ぶりが次々と明らかになりました。職務怠慢だとして、世間から大バッシングを受けることになってしまいました。

佐野房子ちゃんのその後は?結婚してる?

監禁事件の被害者、佐野房子ちゃんは現在どうしているのでしょうか。2001年に新潟日報で近況が報じられました。佐野房子ちゃんは成人式に参加したり、運転免許を取るなどして普通の生活を送っているそうです。

佐野房子ちゃんは現在30代後半。仕事をしているのか、結婚しているのかまではわかりませんでしたが、救出から20年近く経過し、自分の人生を取り戻しているのかもしれません。

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