ペッパーランチ事件とは?人肉売買の噂?被害者や犯人のその後と事件の真相 社会

ペッパーランチ事件とは?人肉売買の噂?被害者や犯人のその後と事件の真相

ペッパーランチ事件とは心斎橋で起きた拉致・強姦事件です。北山大輔や三宅正信ら犯人の死亡説や人肉売買が目的など闇深い噂を呼びました。いきなりステーキブームの影に隠れたペッパーランチ事件について、被害者や事件のその後、真相を語った芸人の話も含めてまとめていきます。

目次

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ペッパーランチ事件とは?

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ペッパーランチ事件とは、2007年5月9日、ステーキチェーン店「ペッパーランチ」心斎橋店内で、深夜の営業時間中に起きた強盗強姦、監禁致傷事件です。被害者は店内で1人で食事をしていた20代の女性でした。

犯人は、同店店長北山大輔(当時25歳)と同従業員の三宅正信(当時25歳)の2人でした。2人は共謀し、閉店作業を装って店舗シャッターを閉め、被害者女性を脅迫してガレージに連れていき、監禁暴行を加えたのです。

その後、女性は自力で脱出しますが、犯人の北山大輔、三宅正信はそのまま死亡させるつもりだったと供述しています。以上がペッパーランチ事件の概要ですが、報道規制があったとされており真相は謎に包まれています。

大阪市中央区のステーキチェーン店「ペッパーランチ」心斎橋店で、食事中の女性客に睡眠薬を飲ませて拉致し、乱暴するなどしたとして南署は16日までに、強盗強姦(ごうかん)と逮捕監禁致傷の疑いで同店店長北山大輔(25)=大阪府泉佐野市、店員三宅正信(25)=大阪市西成区=の両容疑者を逮捕した。

(引用:日刊スポーツ2007年5月17日)

ペッパーランチ事件後に流れた奇妙な噂

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報道規制があった。この疑惑が噂を呼び、ペッパーランチ事件の真相は闇組織が関わり、人肉の提供や臓器売買をしていたとする都市伝説まで発生しました。

更にペッパーランチ事件の直後にブームとなった「いきなりステーキ」はペッパーランチと同系列で、マスコミにプッシュされているのは闇の力が働いているのでは?と疑う声まであがりました。

事件直後にネットで流れた噂には、以下のように過激なものもありました。

ペッパーランチは強姦した女の子を解体し人肉ステーキとして販売
冷蔵庫には女の子が加工されて詰まっていた。
又は、薬漬けで肉便所にして裏社会へ出荷。

(引用:2ちゃんねる)

ペッパーランチ事件の詳細

ペッパーランチ事件は2007年5月9日、ペッパーランチ心斎橋店にて、営業時間中の午前1時頃におこりました。犯人は同店店長の北山大輔、同従業員の三宅正信。

2人の従業員は、全く面識のない20代の女性客を店内で拉致。強姦、強盗の挙げ句、怪我を負わせるという凶行に及んだのです。

店内で女性客をスタンガンで脅迫

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2007年5月9日の午前1時前後、ペッパーランチ心斎橋店で勤務中であった北山大輔、三宅正信の2人は共謀し、閉店作業を装って店のシャッターを閉めて被害者女性を店内に監禁。

スタンガンを使って女性を脅迫し、無理やり意識が混濁するほどの睡眠薬を飲ませました。

さらに被害者の携帯電話を確認し、来店前に誰と連絡を取っていたかの履歴を確認の上、GPS機能を恐れてその場で破壊。その後、あらかじめ用意していた泉佐野市の貸しガレージへ車で移動しています。

貸しガレージに女性を監禁し暴行

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その後、北山大輔と三宅正信は泉佐野市の貸しガレージに女性を拉致監禁した上で強姦し、女性の現金5万5000円を奪っています。

そして翌日以降も強姦するつもりであったために全裸の女性の手足を縛り、そのままガレージに監禁・放置しました。

事件翌日・女性が自力でガレージを脱出

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しかし、女性はその後の午前9時半頃、自力にて監禁されたガレージから脱出しています。第一発見者が声を聞き、別の人が中からのシャッターの開け方を教えたとの発見者からの証言もあるようです。

この時女性は下着姿、あるいは全裸であったとされます。また、ガレージ内には女性のキャミソールやジーパン、ブラジャー、さらには保険証や通帳、カード類も残されていたとの情報もあります。

犯人たちは解放する気はなかった

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その後、北山大輔と三宅正信は、何事もなかったように同店舗で勤務していたところを訪れた捜査員に逮捕されました。

北山大輔と三宅正信は取り調べの中で「女性を解放する意志はなかった」という趣旨の供述をしていたといいます。

2人は犯行を認めており、「女性をかこっておくつもりだった。インターネットでスタンガンや睡眠薬を購入し、店に来る女性客を物色していた」と供述している。

(引用:総合ニュースサイト「イザ!」)

拉致したのが自分たちが勤務する店であったため、被害者の女性は犯人2人の身元を知っています。そのため、開放せずに監禁を続け、いずれ殺害するするつもりだったのでは?との疑いも出ました。

ペッパーランチ心斎橋店とガレージの場所

ペッパーランチ事件のあった「ペッパーランチ」心斎橋店は大阪市中央区心斎橋筋1-2-2の商業ビル1階にあった店舗です。大阪の繁華街の真ん中にあり、事件の発生した深夜1時でも人通りは多い地域でした。

北山大輔と三宅正信が被害女性を監禁したガレージは、大阪府泉佐野市りんくう往来北6-1付近にある貸しガレージだとされています。

ペッパーフードサービスへの影響

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事件が起きた1週間後の2007年5月16日に、ペッパーランチ事件はTVや新聞でも報じられることとなりました。

事件の影響を受け、翌17日にはペッパーランチを経営するペッパーフードサービスの株価が大幅に下落。事件現場となった心斎橋店も翌週に閉店を迎えています。

またイメージダウンを恐れて、ペッパーランチと共同で弁当を開発していたファミリーマートもコラボ中止を発表。ペッパーフードサービスの役員も、大幅に給与が減額されたといいます。

ペッパーランチ事件の犯人

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ペッパーランチ事件の主犯格とされとされるのは、心斎橋店店長だった北山大輔です。北山大輔と、彼の部下で共犯者の三宅正信とは、どのような人物だったのでしょうか。

店長 北山大輔

犯人の1人、主犯格とされる北山大輔は事件が発生したペッパーランチ心斎橋店の委託店長でした。当初はペッパーランチ社員として2006年7月に入社しています。その後、店長研修を受けて尼崎店の店長となります。

2007年3月頃本人の希望でペッパーランチを退社し、翌4月に独立してペッパーランチ心斎橋店の委託店長(オーナー店長)になっています。

そしてそのわずか1ヶ月ほど後の5月9日、ペッパーランチ事件を起こしているのです。

事件当時・北山には恋人がいた?家族は?

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北山大輔には事件当時、交際していた女性がいたうえに彼女は妊娠中だったとの話もあります。また幼い頃に両親と死別していたとされますが、祖母に引き取られて大切に育てられていたといいます。

孫の起こした事件を知った祖母は罪の意識を感じるとともに、「両親がいないせいではないと思う」と生い立ちが原因で性格が歪んだという認識はなかったと明かしていました。

北山大輔は事件前に来月結婚すると言っていた!?

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実は北山大輔は犯行の数時間前、知人に会い「子供ができたから来月くらいに結婚する」と語っていたとの証言があります。また、離婚経験もあって娘が一人いるとの噂もあります。

もしこれが本当だったとしたら、何故この様な猟奇的とも言える犯罪を犯したのか理解に苦しみます。前の娘の幼稚園の制服代を請求されたとの話もある事から養育費でお金に困っていたのでしょうか?

しかし、それにしてはあまりにも犯行内容が大それています。どうしても拉致しての監禁や、人身売買、臓器や人肉密売の噂とイメージが一致せずに不気味さをさらに感じてしまいます。

店員 三宅正信

ペッパーランチ事件で逮捕されたもう1人の犯人である三宅正信は、ペッパーランチ心斎橋店の店員で北山が店長になると同時に雇用されています。実は三宅正信は北山大輔とは泉佐野市内の中学校で同級生だったとのこと。

三宅正信は小学校時代から引きこもりがちで、自宅で勉強もしなかったために本を読む、常用漢字を書くといったことさえ困難な学習レベルだったそうです。

三宅正信は泉佐野市のゲームセンターで北山大輔と再会して意気投合、仕事の話を持ちかけられたとも言われています。

事件当時・三宅には恋人がいた?家族は?

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長年引きこもりをしていた三宅正信ですが、事件を起こした時には交際していた女性と同棲中だったといいます。

三宅正信も北山大輔同様、早くに父を亡くしており、母と姉、兄2人の5人家族で育ちました。

後に兄2人は家を出て、それきり連絡がつかなくなったそうですが、弟の事件を知った姉は「真面目に働いて、これからはしっかり生きていけると思っていたのに」と、愕然としていたといいます。

事件の被害者について

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ペッパーランチ事件の被害者である女性については、20代であるという事以外の情報は公表されていません。事件の情報がほとんど公開されないのも、被害女性を守る為とされています。

当然ながら、被害者の顔画像や名前も一切報じられていません。

ペッパーランチ事件の謎

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ペッパーランチ事件には現在でも多くの謎が残り、犯人や被害者の情報含め、その公開された情報の不自然なまでの少なさや、どう考えても埋まらない情報のピースから、都市伝説めいた数多くの噂が生まれています。

また常習性をうかがわせる凶悪さが見られるにもかかわらず、警察は初犯であると結論づけ、事件公表から2週間程度という不自然と思われるほどの速さで捜査を終了しています。

ここではペッパーランチ事件の謎とされている箇所を紹介していきます。

他にも共犯者がいた?

事件発覚直後、女性被害者は犯人は逮捕された2人だけでなく、全部で4人ほどいたと警察に証言していたといいます。

南署の調べでは5月19日の時点で被害者女性が「現場には男が4人ほどいた」と証言、他にも共犯がいるとみて捜査が継続されていた。

(引用:別冊ナックルズ)

しかし、実際に逮捕されたのは2人です。この話が真実なら、残りの2人はなぜ捕まっていないのでしょうか。

この点については、事件時に被害者は睡眠薬で頭が朦朧としアイマスクもしていた為に、犯人の数を正しく認識できなかったと報じられています。

また血液検査やポリグラフなどの調査でも、犯人は2人だったと結論づけられています。

当初、睡眠薬でもうろうとした状態だったうえに、アイマスクもされていた女性の証言が頼りないものだっただけに、ほかにも犯人や被害者がいたとの疑いもあったが、血液検査やポリグラフなどの証拠で、その線はいずれも否定された。

(引用:大阪日日新聞)

犯行手口があまりにも計画的

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犯人の二人、北山大輔と三宅正信の二人だけの犯行にしては、あまりにも用意周到すぎるのではないか?という疑問は早い段階で持ち上がっていました。まずはガレージや睡眠薬、スタンガンの用意していた事。

さらに、北山大輔が心斎橋店の委託店長となってわずか1ヶ月と少しの間に犯行が行われた事で、まるでこのために何らかの組織ぐるみで店舗が用意されたのではないか?との噂も持ち上がります。

この噂と関係あるのかは不明ですが、ペッパーランチ事件が発覚した直後にその他の委託契約のペッパーランチ店舗が6店舗緊急閉店しているとの情報もあります。さらにこの店舗は繁華街にあった店舗ばかりだそうです。

「事件発覚後、なぜか東京、福岡など繁華街ばかりの6店舗を緊急閉店しています。他の店でも似たような事があったかと思われても仕方ありません」

(引用:別冊ナックルズ)

事件発覚直後に店舗に隠滅の動きが!?

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さらに、驚くべきことに事件発生の翌日には店舗の看板が撤去されていたとの証言があります。本来、重大事件が発生した現場は保存のために起訴後半年ほどはそのままで保存されるはずです。

それどころか、最初に事件をスクープしたある朝刊紙の記者の証言によると、指紋が残っている可能性が高い店内も綺麗さっぱりと撤去していたとの話でした。まるで、事件の事を知っていたかのような手際の良さです。

真相はわかりませんが、まるで証拠を隠滅するかのような動きはどう考えても不可解です。先述の他店舗緊急閉鎖の動きと合わせても、どう考えても怪しい動きが多すぎるのではないかと思われます。

現場の店舗は通常、起訴後半年ほど現状保存されるはずが、今回の事件では事件当日には既に店舗看板は撤去された。ペッパーランチは事件公表が遅れた理由を「警察の操作中のため」としたがその捜査を待たず、指紋などが残っていると見られる部所まで全て首尾よく撤去していた。

(引用:別冊ナックルズ)

ペッパーランチ事件は予想されていた!?

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ペッパーランチ事件が起こした犯人の2人北山大輔と三宅正信は以前から「女を犯す!」「俺は鬼畜だ」「女を監禁したい」といった言動があった。

2人の異常性を告発するウェブサイトが事件前に存在していた様です。(現在は削除)

「ペッパーランチ心斎橋店の陰湿根暗で鬱屈した卑屈なうじ虫店長北山大輔と、北山と仲の良い店員は、いつも『女を犯す!』とか『俺は鬼畜だ!』とか『女を監禁したい!』等といけしゃーしゃーと言っている!!

(引用:Jcastニュース)

このサイトで告発されている内容を裏付ける様に、事件後の取り調べで、客に若い女性が多くムラムラしたという2人は、事件前の4月頃に「女をレイプしよう」と相談した事を供述しています。

その後、街で歩いている女性を車で拉致する事を計画し実際に浪速区内などを女性を物色するために車を走らせたりしていた様です。しかしそれはやってみると難しく、店舗で来店客を襲う計画に切り替えたとの事でした。

しかし、ネットに流れた告発文は事件後に捏造された可能性があるため、後ほど不審な点も説明していきます。

報道の謎・規制

さらに、事件発生は5月9日にも関わらず、一般に事件が公表されたのは5月16日というのも明らかにおかしいと言えます。これだけの重大事件であるのに、1週間も情報が伏せられていたのは何故なのでしょうか?

さらに、この事件に関してはネット規制も異例のスピードで行われています。事件が公になると一時は検索件数のランキングトップになるものの、即座に検索規制がかけられています。

当初は犯人の名前「北山大輔」「三宅正信」で検索をかけると約6万件がヒットしたそうですが、規制後は150件ほどに減少したとの事でした。

裁判の判決とその後

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2007年9月26日、大阪地裁にて北山大輔と三宅正信の裁判が行われました。

用意周到で凶悪性の際立つ事件であるため、相当な罰が課されると予想されていましたが、実際にはどのような判決が下ったのでしょう。

北山に懲役12年・三宅に懲役10年が言い渡される

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裁判時に検察側が求めた刑罰は、北山大輔に対して三宅正信に対しても懲役10年。事件の凶悪性に比べて軽いという印象を受けるものでした。

これに対して判決では、主犯格とされる犯人北山大輔には検察の求刑を上回る懲役12年、三宅正信には検察の求刑通りの懲役10年の刑が下されました。

検察の求刑を上回る判決というのは異例ですが、裁判長の杉田宗久裁判長は、「前代未聞の衝撃的な凶悪犯行、犯情の悪質さは同じような事件の中でもひと際抜きんでている」として、この判決を下しました。

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