【訃報】有賀さつき享年52歳 死因・病名は? 残された一人娘は?

女子アナブームの先駆けとなった有賀さつきは2018年1月末に亡くなりました。52歳という若さや突然の訃報に衝撃を受けた人は少なくないでしょう。彼女の早すぎる死にともない、その死因・病名、及び、残された一人娘への関心が高まっております。

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有賀さつきの死因・病名は?①本人の意志により公開されず

2018年1月30日午前8時ごろ有賀さつきは入院していた東京都港区の病院で亡くなりました。彼女の容態は急に悪化した模様で、実父及び娘の親族二人はその死を看取ることはできなかったと言います。2014年ごろ半年あまり入院していたという話があるので、このころから体調が優れなかったのかもしれません。

有賀さつきが亡くなったと報道されたのは2月5日で、翌日の6日有賀さつきの実父(有賀洋)が取材に応じました。実父によると、体調を崩して1月中旬から入院をしており、死の三日前に見舞ったときは食欲がなく点滴を受けていたものの、元気そうだったそうです。葬儀・告別式は2月1日に密葬により営まれたそうです。

有賀さつきの死因・病名は?②親族にも明かされず

有賀さつきの死因・病名については、本人の意思を尊重して明らかにされなかったようです。有賀さつきの実父が取材に応じた2月6日の段階でも、実父は死因・病名について知らなかったと言います。

死亡診断書、死亡届などが揃っていなければ、火葬(もしくは埋葬)許可は下りません。死亡診断書には死因が記されます。したがって、葬儀をすでに終えている遺族が死因を知らないことに疑問が残ります。しかし、このあたりの手続きは葬儀社が代行するのが通例のようなので、死亡診断書に目を通していないのかもしれません。

有賀さつきの死因・病名は?③がん?

有賀さつきの意思を尊重して死因・病名が公開されませんでしたので、却って病名・死因について憶測を呼んでしまいます。乳がん説、子宮頸がん説のがん説、摂食障害がうわさされました。中には、自殺では?というものもありました。

有賀さつきの死は元夫・和田圭にも死亡した段階では知らされておらず、そのため、元夫は「私の口からは何とも」と歯切れの悪い言い方になってしまったようです。これが、知っているけど言えない、言いにくいことではないか、自殺だとなったのかもしれません。

有賀さつきの死因・病名は?④がん説の根拠

がん説の根拠として、有賀さつきの激やせ、及び、かつらの使用がありました。しかし、周りに心配をかけまいとして闘病中であることを隠していた と言います。フジテレビアナウンサーの先輩である山村美智が有賀さつきと「ネプリーグ」収録で共演した際に、痩せたねと声をかけたところ、ダイエット成功したんです、と返ってきたと言います。

また、かつらについても、かつらおすすめですよ、ヘアメイクさんにしてもらう時間節約できるし、と言ったそうです。山村美智以外にも近しい間柄の方にはこのように冗談めかして説明していたのではないでしょうか。

抱え込むタイプ

彼女のブログに自分を評して「私は抱え込むタイプなんです、、、」(2017年2月13日「お久しぶりです」)と表現しております。もしかしたら、病気のことは隠していたのではなく、抱え込んでしまって誰にも言えなかったのかもしれません。

有賀さつきの死因・病名は?⑤乳がんは実父により否定される

激やせ、かつらの使用ではこのように言っておりますが、隠し通せるものでなかったのか、抗がん剤を使った治療を受けていたと断定している記事があります。ただし、乳がんについては実父はこれを強く否定したそうなので、それ以外のがんなのかもしれません。

有賀さつきの冥福を祈る書き込みが大半ですが…

さて、有賀さつきの突然の訃報へのネットに見られる反応として、冥福をお祈りすると言うのがほとんどです。しかし、中には天罰だと言っている書き込みが散見されます。これは、有賀さつき自身の不倫及び離婚時の言葉に原因があるようです。

不倫に際して

1995年芸能事務所(株)アップフロントグループ山﨑直樹社長と有賀さつきとの不倫が発覚しました。その際に「ご家庭があって申し訳ないという気持ち以上にどうしようもない愛を感じる」と発言しています。心情としては理解できますが、このような不用意な発言は反感を招きました。

離婚に関して

また、元夫・和田圭との結婚などについては、生まれてくる子供のために「刑務所に入るつもりで結婚しました」、「子育てをするためだけの共同生活だった」などと発言しております。この発言の真意がどこにあるのか分かりません、心情を吐露しているだけかもしれませんが、元夫や娘への配慮に欠けるのではないでしょうか。

対照的なのが、和田圭の対応です。離婚について話をしたい気持ちは当然あったでしょうが、取材に応じながらも、「離婚して以来、一貫してコメントしないことにしているのです。子供のこともあるので一切コメントしていません」などと話をしています。外聞も当然あるでしょうが、離れて暮らす子供への配慮が窺われます。

有賀さつきの残された一人娘①有賀沙智慧

以降は、残された一人娘について書いていこうと思います。名前は有賀沙智慧(ありがさちえ)と言うそうです。有賀さつきは和田圭との交際をしていましたが、隔意があったようで、別れる決意をしていたと言います。しかし、直後に妊娠が発覚したため2002年3月に結婚、同年11月長女が生まれます。

子供のためを思っての結婚でしたが、長続きせず、2006年5月に離婚します。有賀さつきが単独で開いた離婚会見では、「妊娠の時から間違いだったかも、と思っていた」とか「ちょっとした話をしても見ている方向が違った。まさに言語が噛み合わない感じ。振り返ってみると上司だった」などと心無い発言をします。

有賀さつきの残された一人娘②教育にかける情熱

有賀さつきが親権者となり、有賀さつきと娘との生活が始まります。夫への愛情のかけらもない対応をする反面、一人娘を非常に愛していたようで、教育にもとても熱心だったようです。なお、娘と和田圭とは小学校入学以降は会っていなかったと言います。

英語が堪能

小学生のころでしょうか、親子でテレビに出演したことがあります。子供の絵と思えないぐらい絵が達者で、しかも英語も流暢に話し、インターナショナルスクールに通っているのでは、と話題になりました。

しかし、有賀さつきの死後、「今日も孫のところに行ってきます。彼女がアメリカンスクールから帰ってくる時間に間に合うようにね」と祖父(有賀洋)が語っているので、そのうわさは本当だったようです。

バイオリンに、馬術も

また、有賀さつきの娘は幼少のころからバイオリンを習っておりました。さらには、親子で馬術を習っていたそうです。祖父(有賀洋)によれば、馬も所有していたそうです。英語にバイオリンに馬術、先述の絵も合わせれば、有賀さつきの一人娘はかなり多才のようです。

本人かどうか特定できておりませんが、公益社団法人日本馬術連盟サイト内会員競技大会成績のページに有賀沙智慧(東京都帰属)とあります。報道などでは、有賀さつきの一人娘の名前は未成年で一般人という事情があってか「Aさん」などとされており、有賀沙智慧は仮名なのかと思いましたが、本名の可能性が高そうです。

有賀さつきの残された一人娘③母の心配

激やせ、治療薬の副作用もあったのでしょう、体調はあまり優れなかったのかもしれませんが、病院に入院しているときでも漢字検定の勉強をしていたと言うので、生を諦めていたわけではないと思われます。ある程度身辺整理をしてから亡くなった、という報道がなされていますが、実父はこれを否定しています。

それでも死期が近い自覚があったのか、看護師に「娘のことが心配です。よろしくお願いします」と告げていたそうです。養育費は支払われていたようですが、離婚後において育児への元夫の関与はなく、娘を一人で育てていたそうなので、一人残される、未成年の娘のことを思えば死ぬに死ねなかったのではないでしょうか。

有賀さつきの残された一人娘④実父との同居を開始

有賀さつきの生前は、母子の二人暮らしだったようです。肉親も母・有賀さつき以外は祖父だけのようです。しかし、祖父は84歳という高齢で、加えて、自身の体調もあまり優れないようでした。それだけに、今後の娘の養育について懸念されておりました。

和田圭と祖父、それに孫娘の三人が会ったのは有賀さつきが亡くなってから2週間近く経ってからのことだったそうです。最初、和田圭は他人行儀な姿勢を崩さず、そのことを祖父が気に病んでいましたが、次第に打ち解けていき、携帯電話でやり取りをする間柄となりました。

和田圭の家に引っ越し

祖父が通ってくれたものの、有賀さつきの一人娘は、一人自宅で暮らしていたようです。その間も、娘の養育について話し合われたかと思われます。そして、2018年4月東京都内にある和田圭の家に娘が引っ越し、実父・和田圭との同居を始めました。有賀さつきと和田圭が結婚していた際に暮らしていた家だそうです。

なお、和田圭は再婚している、という話がありますが、判然としません。2階建のうち2階部分を娘が使うようになったという話なので、もしかしたら、1階は和田圭の現在の家族、2階に娘という感じかもしれません。

まとめ

10年以上離れて暮らしていただけに、父子双方ともに新しい生活に慣れるのは大変かと思われます。和田圭が再婚しているのでしたら、さらに当事者は多くなるので余計に大変だと思われます。有賀さつきの元夫・和田圭と結婚に関してのコメントを見ると、娘が和田圭に対してどのようなイメージを有しているのか気になります。

母娘の二人暮らしにもかかわらず、15歳という未だ親の支えが必要な時期に母の死という不幸に一人娘は見舞われます。しかし、これを機会に10年以上疎遠であった父との距離を縮めることは、彼女の情操面でマイナスにはならないのではと思います。