いろんな作品に出演した俳優・内田稔(91歳)肺炎で死去!突然の訃報に悲しみの声が 芸能人

いろんな作品に出演した俳優・内田稔(91歳)肺炎で死去!突然の訃報に悲しみの声が

2018年4月2日に肺炎のため内田稔(享年91歳)が死去したことが、所属している「劇団 昴」から発表されました。この突然の訃報で世間には悲しみの声が広がった事でしょう。内田稔がどういう人物なのか、どんな作品に出演しているのか、調べてみました。

たくさんの作品に出演した俳優・内田稔が91歳で死去

2018年4月2日に肺炎のため91歳で亡くなられた内田稔はどんな人生を送ってきたのでしょうか。実は内田稔は元々海軍の航空部隊に所属していました。戦後は文学座の養成所に入り、俳優業を始めます。1976年からは「劇団 昴」で活動していました。

内田稔 プロフィール

  • 生年月日:1927年3月18日
  • 没年月日:2018年4月2日(享年91歳)
  • 出身地:岡山県
  • 所属事務所:劇団 昴

岡山縣倉敷工業學校(現・岡山県立倉敷工業高等学校)の機械科を卒業しています。俳優業を始めてからは映画やテレビドラマではインテリ系の悪役を演じることが多かったです。1990年代からは人を泣かせるような善役を演じることが、少しづつ増えていきました。

内田稔が死去したのは肺炎が原因!

内田稔が死去した原因の肺炎とは、どんな病気なのでしょうか。肺炎は細菌やウイルスがのどを通過して、肺にある肺胞に侵入し、炎症を起こすことで発症します。症状が風邪ととても似ているところが多く、気が付くまでに時間がかかる場合があります。風邪よりも強い免疫力を使うため、高熱が長く続きます。

唯一違いがあるとすれば、風邪よりも症状が重いということぐらいでしかありません。主な症状をまとめてみました。【咳・発熱・呼吸困難・くしゃみ・黄色~緑色や鉄さび色のたん・のどの痛み・胸に鋭い痛み・悪寒・体のだるさ・息切れ・口や顔が紫色】高齢者の肺炎は症状が出にくいこともあるそうです。

内田稔が死去した時、葬儀の喪主は誰?

実は内田稔の葬儀の喪主は姪の夫である「博雄」が務めたそうです。なぜ「姪の夫?」となりますよね。通常であれば、妻か子供など、故人に最も近い人が喪主を務めます。内田稔の親族に関する情報がなかったので分かりませんが、妻・新村礼子は2011年に亡くなられていました。

内田稔の妻・新村礼子は慢性閉塞性肺疾患だった!

2011年3月23日に内田稔の妻・新村礼子は慢性閉塞性肺疾患で亡くなられています。妻・新村礼子は内田稔と同じく「劇団 昴」に所属し、女優として活動していました。文学座の養成所に入ったころから行動を共にしていたそうです。妻の葬儀では内田稔が喪主を務めています。

新村礼子 プロフィール

  • 生年月日:1928年2月17日
  • 没年月日:2011年3月23日(享年83歳)
  • 出身地:東京都

1976年から「劇団 昴」に所属していました。女優として活動しているときは、「火曜サスペンス劇場」や「金田一耕助」、「帰ってきたウルトラマン」などに出演していました。他にもアニメや海外ドラマ、洋画の吹き替えを担当したりしています。

内田稔に子供はいない?!独り暮らししていたかも?

妻に先立たれ内田稔も肺炎で死去した時、喪主を務めたのは姪の夫である「博雄」でした。もし内田稔と新村礼子の間に子供がいたすれば、子供が喪主を務めるはずです。「姪の夫」が喪主を務めているということは、二人には子供がいなかったか、すでに子供が死去しているかのどちらかですね。

内田稔は妻・新村礼子の具合が悪くなってから、都内から内田稔の生まれ故郷の岡山県に二人で移住しました。しかし2011年3月23日に妻・新村礼子が死去してからは、岡山市内のマンションで独り暮らしをしていたそうです。

内田稔が出演していた太陽にほえろ!はどんなドラマ?

「太陽にほえろ!」は刑事ドラマで石原裕次郎や松田優作、渡哲也などなどたくさんの有名俳優が出演していました。内田稔は脇役でしたが、監察医や精神科医師、カメラ雑誌関係者、神奈川県警刑事の役を演じ、「太陽にほえろ!」の中では8回も出演しています。

内田稔は暴れん坊将軍にも出演している!

内田稔は「暴れん坊将軍」にも出演していて、「太陽にほえろ!」よりも出演回数が多いです。松平健や北島三郎、浜畑賢吉など有名俳優たちと共演しています。内田稔は「太陽にほえろ!」のように1978年から1997年の約20年間でたくさんの役を演じています。

最近のテレビドラマでは1995年「春よ、来い」や「江戸の用心棒Ⅱ」、1996年には「憲法はまだか」、1999年には「金田一耕助シリーズ」、2003年には「あなたの人生お運びします」に出演していました。2003年以降はテレビでの露出が少なかったようです。

チャリング・クロス街84番地やクリスマス・キャロルにも出演

「劇団 昴」ではシェイクスピアの作品などを中心に舞台を行っています。内田稔は「劇団 昴」で「セールスマンの死」や「クリスマス・キャロル」、「八月の鯨」などに出演していました。1990年には「チャリング・クロス街84番地」では紀伊國屋演劇賞を受賞しました。

出演映画には有名作品も!

出演した映画の中には有名作品がありましたので、紹介したいと思います!まずは1966年「嵐を呼ぶ男」で左京徹 役、1987年「極道の妻たちⅡ」にも出演していて、1989年「極道の妻たち 三代目姐」、1990年「極道の妻たち 最後の戦い」に出演しています」。

内田稔は俳優業のほかにも声優をやっていた!

実は声優としても活躍しており、様々な有名作品の吹き替えを担当していたりしていました。洋画ですと「インディ・ジョーンズ」や「スーパーマン」、「スターウォーズ エピソード5」の吹き替えを担当していました。海外ドラマでも吹き替えをしており、「私立探偵ハリー」などを担当しています。

海外アニメや日本のアニメ、ゲーム、特撮、ナレーションなど、いろんなジャンルの声優にも積極的に挑戦していて、アニメ「るろうに剣心」の辰巳役を演じています。俳優もでき、声優もできる内田稔は演じることがとても好きだったのではないでしょうか。

あのディズニーの声優もやっている!

あの有名なディズニーで声優をやっているんです!例えばくまのプーさんのティガーやダンボ、ピーター・パンのジョージ・ダーリング、ピノキオのゼペット、ロビン・フッドのプリンス・ジョンなど、たくさんの声優をやっています!映画を見るときに内田稔が担当していないか探してしまいそうですね。

内田稔の訃報に対してファンの声は?

内田稔の訃報にファンの中では悲しみの声が広がっていました。「時代劇に欠かせない名脇役、S.スタローン主演の『ランボー』シリーズで、リチャード・クレンナの吹き替えを担当。声優としても確かな足跡を遺した。」や「『花神』での冷徹な保守派官僚の役が印象に残っている。」

「高齢になり、ここ数年は引退状態だったが、どんな役でも人間味を通わせる、いぶし銀のダンディズムを体現した名優だった。もう舞台で拝見することはできないが、、芸は生き続けると思う。」など、内田稔の死去を惜しまれる声がたくさんありました。

まとめ

いかがだったでしょうか。俳優として、声優としてかなり内田稔の評価は高かったのではないでしょうか。ファンに惜しまれつつも、映像として芸の足跡を遺すことができたことは内田稔にとっても嬉しいことではないでしょうか。内田稔に憧れて俳優になる若者が増えるといいですね。ご冥福をお祈りいたします。