安岡力也の死因は心不全…死去に多くの追悼が!本名や息子は?喧嘩の武勇伝とは!? エンタメ

安岡力也の死因は心不全…死去に多くの追悼が!本名や息子は?喧嘩の武勇伝とは!?

元キックボクサーでタレントの安岡力也さん。昔は喧嘩も多く、武勇伝が語り継がれていますが、2012年に心不全で帰らぬ人になりました。難病との闘病生活を送っていたとも言われています。また、息子さんについても話題に。安岡さんの武勇伝や息子さん、病気について迫ります!

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安岡力也の屈強な武勇伝!息子も俳優?死因は何だったの?

芸能界屈指の武闘派として有名だった安岡力也さん。元プロのキックボクサーであり、ストリートファイターだった安岡さんは70人を相手に喧嘩をしたという武勇伝は今でも有名です。強面ですが、優しくて義理堅い人柄をお持ちの方だったそうです。息子さんは俳優の安岡力斗さんで、とても強い親子愛で結ばれていたそうです。

豪快で屈強なイメージが強い安岡さんでしたが、2012年に肝硬変からの心不全で都内の病院で亡くなられました。息子さんからの生体肝移植も行われましたが、完治は叶いませんでした。難病というギラン・バレー症候群を患ったこともあり、壮絶な闘病生活を送っていたと言われています。

安岡力也のプロフィール!ハーフで本名やホタテマンの由来は?

  • 名前:安岡力也(やすおか りきや)
  • 本名:リカルド・ニコ・バレンティーノ
  • 性別:男性
  • 生年月日:1947年7月19日
  • 身長:187cm
  • 血液型:O型
  • 出身地:イタリア・ジェノヴァ

安岡さんはお父様がイタリア人でお母様が日本人のハーフです。生い立ちについては何故か諸説あるのですが、お父様も父方の祖父もシチリアのマフィアだったのだとか!そのため銃撃を見て育ったとも言われています。イタリアで生まれたものの、幼い頃に日本に渡ったことは間違いないようです。

バラエティ番組「ひょうきん族」のコーナー「タケちゃんマン」に出演された際にセリフの「ホラ貝」を「ホタテ貝」と間違えてしまい、それをきっかけに「ホタテマン」として出演されたり「ホタテの兄さん」と呼ばれたりと親しまれていました。あの松田優作さんとは盟友、稲川淳二さんとは幼馴染みで、ビートたけしさんとも親交があったそうです。

安岡力也が70人相手に喧嘩!強すぎる武勇伝!

安岡さんはお若い頃からヤンチャされていたようで喧嘩もしょっちゅうだったそうです。埼玉を牛耳っていたり、東京の繫華街でも暴れまくったりしていたとか。そんな安岡さんの武勇伝と言えば、やはり70人相手に喧嘩をしたという喧嘩伝説ですよね。

流石に70人を一人残らずボコボコにしたわけではないそうですが、70人の中にあるグループから強そうな相手を見つけてボコボコにしたところ、残った取り巻きは慌てて逃げていったそうです。それにしても70人を前にしてもそのように冷静に立ち回れるとは、安岡さんの大物っぷりがわかりますよね。

安岡力也には他にも様々な武勇伝が!

安岡さんが遺した武勇伝はまだまだ他にもあります。喧嘩で相手をボコボコにしただけではなく、逆に怖気づいてしまったり逃げ出したり、またいじめをやめさせたりと人間らしさや優しさをのぞかせるエピソードもありました。安岡さんの人柄が表れていますね。

  • ある俳優が同業の仲間と酒を飲んだ帰り道に前から来た集団に喧嘩を吹っ掛けたところイケイケで殴ってきたのが安岡力也と渡瀬恒彦だった。
  • 安岡力也が若い頃お笑い三人組の中で背が小さい人と喧嘩になり、その人に簡単に投げ飛ばされた。
  • ホステスに言い寄って「お前の付き合っている男と勝負させろ」と言ったところ「前田日明と付き合ってるの」と言われて怖気づいた。
  • 昔アメリカのプロレスラー2人をボコボコにしたらしい
  • 飲み屋で椎名桔平が若手をいじめていたところ「いい加減にしろよ、そんなことして楽しいんか?」と言って喧嘩をやめさせた。
  • マネージャーを車でひいたことがある
  • 麻薬所持で逮捕された清水健太郎を「根性を叩き直してやる!」と出所後にボコボコにした

安岡力也と松田優作は盟友だった

安岡さんは俳優・歌手だった松田優作さんとは盟友の仲で、「どちらが喧嘩が強いか」という話もよくされていたそうです。松田さんは40歳という若さでがんを患い死去されますが、生前松田さんががんだったことをご家族以外でご存知だったのは安岡さんだけだったそうです。葬儀で安岡さんは「アイツとはケンカももうできない」と涙したそうです。

安岡力也は結婚していた!息子は俳優の安岡力斗!壮絶な親子愛

安岡さんには長男と長女の二人のお子さんがいらっしゃいます。その内長男は俳優やユーチューバーとして活動されている安岡力斗さんなのです!力斗さんは強面なお父様とは違って明るくひょうきんな立ち振る舞いをされる方ですが、力也さんが肝硬変で肝臓移植を必要とされた際、力斗さんは自身の肝臓の64%を力也さんに提供されたのです。

 電話で親父に生体肝移植を相談され、即座に承諾したのは、おじいちゃんはイタリアンマフィアだと聞かされて育ち、親父とはマフィアの親分子分のような信頼関係だったからです。長生きしてもらって、親孝行したいという思いがあったのです。

親父も、かわいい息子の肝臓をくれとは、言い難かったと思う。でも、何よりぼくのために、親父は生きたかったのです。ぼくの肝臓の64%を親父に移植した術後、主治医から手術の傷は消せると言われましたが、腹の傷は親父との絆の証。ぼくは生涯残しておくつもりです。

(引用:NEWSポストセブン)

力斗さんご自身にも大きなリスクがある大手術でしたが、力斗さんはそれでもお父様に長生きしてほしいと願ったのですね。「マフィアのような親分子分のような信頼関係」というのも、他の人にはわかりにくい安岡さん親子ならではの関係と言えるのではないでしょうか。本当に凄い親子愛です。

安岡力也が妻と離婚した理由は女性関係?息子を男手一つで育てた

安岡さんは奥さんと離婚されていました。一般の方なのかお名前等詳しい情報はありませんでしたが、安岡さんと結婚されるくらいですから相当気の強い方だったと言われています。力斗さんは「虐待で児童相談所に相談しようかと思うくらいぶたれた」とか!そんな時力也さんは「お~どうしたの」と抱っこしてくれたそうです。とても優しいですね!

安岡さんは収録後毎日遊郭に行くほど女性関係も派手だったらしく、そのことが原因で離婚したと言われています。親権は長男の力斗さんを力也さんに、長女を奥さんに渡ったようです。その後安岡さんは男手一つで力斗さんを育てました。長女とも仲が良かったようで「力也」というお孫さんがいらっしゃることをブログで披露されたそうです。

生体肝移植も叶わず死去…安岡力也の死因は肝硬変からの心不全

安岡さんはかなりの酒豪だったため、2002年からC型肝炎を患っていました。上記の引用のように、次第にがん細胞もできたため力斗さんから生体肝移植を受けましたが、術後も安岡さんの容態は良くならなかったそうです。一年くらいは小康状態を保っていた時期もあったようですが、2012年の4月に安岡さんは心不全を起こし亡くなりました。

死因と関係は?難病のギラン・バレー症候群との壮絶な闘病生活

安岡さんは肝炎とは別に難病中の難病と言われるギラン・バレー症候群という10万人に1人しか発症しない病気も患っていました。免疫システムが異常を起こして抗体やリンパ節を攻撃するというもので、急に手足が痺れて筋肉に力が入らなくなる病です。過酷な痛さを伴うそうで、安岡さんの闘病生活もかなり壮絶だったそうです。

 「最初は腰や背中、あちこちの関節が痛くなり、熱もあったのでカゼだと思っていたんだよ。それで近場の病院で点滴をしてカゼ薬をもらったんだが、全然良くならない。で、東京の大きな病院で検査をしても原因が分からず、その3日後に突然、全身の力が抜けてガクンと床に崩れ落ち、立ち上がることができなくなった。再検査をしたら、ギランバレーの疑いがあるって…。それから俺の長い地獄が始まった。何で俺が10万人の1人? 何で俺を選んだ?それはねぇだろ!って」

(引用:zakzak)

神様を恨むほど苦しい闘病生活だったそうですが、力斗さんの言葉が癒しだったそう。安岡さんは数年のリハビリを経てまだ装具や麻痺を残しながらも番組「徹子の部屋」を機に復活されました。死因とは直接的な関係はないかもしれませんが、安岡さんが大病と闘い続けたことが分かります。

安岡力也は強面でも子煩悩で人情に厚く優しいファイターだった

ここまで安岡さんの武勇伝やお子さん、病気のことについて紹介致しました。その強面な顔から父親の一族がマフィアと言われても納得してしまいそうですが、素顔はとても情に厚く優しい方だったということがよくわかります。力也さんを優しく抱っこしていたというエピソードはほっこりしますよね。

今力也さんは天国で盟友の松田優作さんとお酒を飲み交わしていらっしゃるのでしょうか。これからも芸能界最強の一角として安岡さんが戦い抜いた伝説と豪快な人柄は語り継がれていくことでしょう。同時に、あんな怖くも優しくて豪快な方はなかなかいないので少しだけ寂しい気もしますね。