華原朋美と小室哲哉の交際!薬中時代を経てKEIKOへのあてつけ?ベッドネタとは? エンタメ

華原朋美と小室哲哉の交際!薬中時代を経てKEIKOへのあてつけ?ベッドネタとは?

人気女性歌手の華原朋美さんと音楽プロデューサーの小室哲哉さん。2人はかつて交際していたことでも話題になりましたよね。そんな2人の馴れ初めや破局理由、さらにその後の華原さんの転落ぶりやあてつけなどを紹介。2人の恋愛は話題に事欠きません。

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華原朋美さんとプロデューサー小室哲哉さんの交際?

華原朋美さんと小室哲哉さんはかつて交際していました。芸能人にありがちなマスコミ対策や密会などはせず、おおっぴらに公表していたことでも話題になりました。今回は2人の馴れ初めから破局の理由などを調査していていきたいと思います。

華原朋美さんのプロフィール

1974年8月17日生まれの現在44歳。肩書は歌手、タレント、ミュージカル女優、馬術選手。本名は下河原 朋美(しもがわら ともみ)。代表曲はミリオンセラーを記録した「I’m proud」「I BELIEVE」など。深田恭子さん、浜崎あゆみさんなど後のアーティストにも影響を与えたそうです。

東京都江東区生まれ、千葉県浦安市育ち。身長156cm。体重42kg。スリーサイズはB86・W58・H84。愛称は「朋ちゃん」。血液型はO型。歌手として育ての親である小室哲哉さんは、歌手としての華原朋美さんに何よりも、声質の素晴らしさに惹かれたとのことで、

「倍音を沢山含んだ豊かな響きを持つ声。滅多にいない声で、その声で生まれて良かったと思って欲しい」、「上手い下手以前に、愛情や優しさといった、より広い世界観を声で表現できる」肺活量を初めとした基礎体力も申し分なく、滑舌も良い。

「華原朋美は短い音符でも滑舌よく、息の音も、きちんと混ぜて発声することに長けていた。そのため楽曲製作の際に制約を考えずにすんだ。「I’m proud」、アルバム「LOVE BRACE」のような作品を製作できたことは奇跡であった」と絶賛しています

小室哲哉さんのプロフィール。現在はKEIKOさんと夫婦。

1958年11月27日生まれの59歳。肩書は、ミュージシャン、音楽プロデューサー。東京都府中市出身、東京多摩振興特命武蔵国府中大使。元尚美学園大学芸術情報学部教授。妻はglobeのボーカルのKEIKO。愛称は「てっちゃん」「先生」「TK」など。身長167cm、体重57kg。

3歳から東京芸術大学教授の下でヴァイオリンのレッスンを始めて、音感のベースを学び、小学生の頃から既にクラシックのインストゥルメンタルの楽曲を作っていたそう。小学5年生、母がエレクトーンを購入。これが鍵盤楽器との出会いとなります。

母より先にコードを覚え、エレクトーンの先生を驚かせたそう。同じ頃、母方の親戚の叔父からギターコードを習い、マスターするのが速くて叔父を驚かせたんだとか。練習の時にフェリックス・メンデルスゾーンのメロディの歯切れの良さ・BPMの異常な速さに影響を受けたようです。

音楽の時間に50分で16小節を譜面に書く作曲のテストがあった際、教師が小室の作品を見て「誰かは言いませんけどこの中ですごく上手な人がいました」と言った後、その曲がピアノで披露されて、その曲を他のクラスメイトがリコーダーで吹いたそう。幼いころころから、まさに神童というべき才能を持っていたんですね。

華原朋美さんと小室哲哉さんの交際の馴れ初め 同棲

1994年4月、華原朋美さんは遠峯 ありさ(とおみね ありさ)の芸名を使用開始し、持田かおり(現:持田香織)さんらが在籍していた黒BUTAオールスターズの第4期生に選抜されるも、すぐに脱退。深夜番組等でアイドルとして活動。当時は毎日のようにオーディションを受けていたそう。

華原朋美さんは歌手の前はグラビアで活躍していましたが、その時にでた番組「天使のU・B・U・G」を見ていた小室哲哉さんは華原朋美さんを気に入り小室哲哉さんが当時経営しているお店「TJM」に呼ばれました。そこで華原朋美さんと小室哲哉さんのが出合い恋に落ちていくわけです。

しかしこれには批判が集まりました。いわゆる華原朋美さんが小室哲哉さんに枕営業をしたように世間はとってしまうわけですが、小室哲哉さんはこれに対して「アーティストに手を付けたのではなく、恋人に曲をかいてデビューさせただけ」。こうして2人はいきなり同棲まではじめます。

華原朋美さんと小室哲哉さんの交際 破局理由はKEIKOさん?

しかし、そんな華原朋美さんと小室哲哉さんのビックカップルも破局してしまいます。その原因は浮気だったようです。小室哲哉さんは今の奥さんのKEIKOさんと浮気しました。華原朋美さんの浮気相手は小橋賢児さん。つまりは華原朋美さんも小室哲哉さんもダブル浮気だったわけですね。

華原朋美さんと小室哲哉さんの交際 別れで華原さん薬中化?

このころから薬もたくさん服用するようになっていたという華原さん。当時、華原さんが使用した治療薬の種類は2つと言われ、名前は不明ですが「睡眠薬」と「精神安定剤」だったことが報じられました。段々と薬物依存はさらに悪化し続け、見るからに薬中状態。

週刊誌に掲載された華原さんの顔は、以前とは完全に別人化してしまっていました。薬を食べ物のようにボリボリと服用してしまい、逮捕されかねないひどい状態に所属事務所は解雇を通達。目がうつろになって、口元もダランとゆるんで、フラフラになって下着一枚で道路出て行ってしまうこともあったそう。

もはや”逮捕寸前”と思われるくらいまで治療薬を服用していた華原は、2007年6月、ついに所属事務所「プロダクション尾木」から解雇され長期活動休止へ。そこから華原さん兄弟らは、「本気でどうやって薬を抜くか」を考え、閉鎖病棟への隔離を決意。華原さんは孤独な空間で3か月も過ごすことに。

小室哲哉さんとの別れで華原朋美さんは薬中に

そして、2012年12月、プロダクション尾木との再契約が結ばれ芸能界に復帰を果たしたものの、再び体調不良から2016年10月31日放送の番組「PON!」を欠席。病名は急性ストレス反応のためで、約1カ月休養を余儀なくされたのだとか。このときはまた薬物依存かと言われましたが

やはり、睡眠薬を過剰に摂取する寸前だったことが報道にて判明。体調不良になった原因や理由がはっきり説明されずにいた中、交際中の新恋人とのトラブルによるものだったと、一部の報道で伝えられました。華原さんは恋愛で傷つきやすいタイプなのでしょうか。

華原朋美さんによる小室哲哉さん・KEIKOさんへのあてつけ

華原朋美さんが2013年に『FNS歌謡祭』で小室哲哉さんと共演した事は有名ですよね。華原朋美さん側からの強いオファーを小室哲哉さんが渋々承諾。しかもステージ上で握手を交わしました。小室哲哉さんは、「握手は聞いていない!」と激怒したそうです。

さらに本番直後、華原朋美さんは、小室哲哉さんに楽曲提供のお願いをしたらしく、極めつけは小室哲哉さんの奥さんであるKEIKOさんの楽曲『DEPARTURES』をカバー。なんとKEIKOさんは夫の元カノに自分の歌を歌われるという格好になりました。小室さんの心境やいかに…。

華原朋美さんが小室哲哉さんのベッドエピソードを暴露?

2015年「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」で華原さんは小室さんとのベッドネタを暴露しました。『その日は、小室哲哉さんと家で一緒に寝ていたそうです。そうしたら子供の声が聞こえて来たそうで、目を開けるとベッドの周りを囲まれていて

小室哲哉さんが起きて、「きみ達なにをやってるんだい?」と聞くと「有名人がここに住んでいるから見に来た」と子供。小室哲哉さんは平常心で「ダメだよそんな事しちゃあ」と良いながら子供を外にだした。』という主旨の内容でした。華原さんの恨みたるやすさまじいものがあります。

まとめ 華原さんは薬中から復帰・小室さんは引退

今回は華原朋美さんと小室哲哉さんについて紹介しました。2人の破局後、長年にわたり薬漬け生活を送った華原さんと、カリスマ音楽プロデューサーになった小室さんで明暗が分かれることになりましたが、小室さんも少し前、女性関係で引退まで追い込まれることに。2人の人生の逆転が始まるのかも?