渡哲也は現在は病気のリハビリ中?病状は深刻?在宅酸素の姿や嫁・息子について!

渡哲也さんといえば石原プロを代表する大物俳優ですが、この数年はドラマなどに出演することはなく、テレビで見ることもほとんど無くなってしまいました。どうやら、病気が原因と言われています。渡哲也さんの現在や、病気について調べてみました。

渡哲也 現在は病気療養中?

渡哲也さんは、現在病気を原因に俳優活動は休止をしているようです。かつてはドラマの刑事役などでダンディな演技で活躍をしていた渡哲也さんでしたが、2015年に急性心筋梗塞で倒れて手術を受けており、一時は命の危険がある状態だったといいます。手術以降、現在は自宅で闘病生活をしていると言われています。

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渡哲也 病状は?在宅酸素で治療?

渡哲也さんは、心筋梗塞で倒れる前から持病としてぜんそくと肺気腫を患っていました。現在は自宅でリハビリを行い、病気の治療に取り組んでいるようです。特に呼吸器の病状は重いとされていて、酸素呼吸器を使用した在宅酸素療法を受けながら生活をしているそうです。

酸素呼吸器は、通常の呼吸では十分な酸素を体に取り込めない患者が使用する医療器具で、主に鼻から通したチューブによって体に酸素を吸入するのに用います。渡哲也さんの場合は週に2~3回理学療養師が来て治療をされているそうですが、かなり肺の状態は悪くなっているようで、在宅時だけでなく外出時にも呼吸器が必要になっているようです。

渡哲也 現在の活動は?病気は?

渡哲也さんといえば石原プロのイメージですね。1997年に2代目社長に就きましたが、2011年に退任しています。この退任は石原裕次郎さんの23回忌や、石原裕次郎さんが在任した期間を超えるわけには行かないという理由が報道されましたが、実際は健康上の理由もあったようです。

石原プロの経営から離れた渡哲也さんでしたが、2017年に6年ぶりに『相談役』兼『取締役』という立場で経営に復帰をしています。渡哲也さんが退任して以降、社長のポジションは現在まで空席になっていて、石原裕次郎さんの妻で会長の石原まき子さんをサポートするためだったとされています。

渡哲也 現在の症状は?嫁が看病?

経営から離れ、一俳優に戻った渡哲也さんでしたが、2015年の直腸癌の手術以降は自宅療養が続いているようです。手術後には吉永小百合さんと宝酒造の『上撰松竹梅』のCMに出演。制作発表のコメントではストレッチやスクワットなどのリハビリにも取り組んでいると語っていました。食事も含めて嫁の俊子さんのサポートが大きいようです。

渡哲也さんは、闘病生活の現在も演技に対する熱意を失っておらず、「ずっと現場に経ち続けたい」と考えているそうです。俳優復帰には至っていませんが、後輩の舘ひろしさんが、映画「終わった人」モントリオール世界映画祭の最優秀男優賞を受賞したときには、舘ひろしさんに「良かったな。おめでとう」と祝福の言葉を送ったそうです。

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渡哲也 過去の病気は?役の降板もあった?

渡哲也さんは、心筋梗塞やぜんそく、肺気腫以外にも過去に多くの病気にかかっていて、闘病生活を余儀なくされる時期がありました。1974年には、胸膜炎にかかり大河ドラマ『勝海舟』を途中降板しています。さらには、風邪を悪化させたことが原因で急性肝機能不全症を発症し、9ヶ月もの入院をしています。

1991年、渡哲也さんは直腸がんの手術を受けています。がんは、かなり進行していたらしく、直腸を25cmも切除しているそうです。また渡哲也さんは手術後、自身がオストメイトであることを公表しています。オストメイトとは、消化器官の手術などによって排泄をするためのストーマ(人工肛門)を腹部につけている人の総称です。

渡哲也 過去に大怪我!症状は?

渡哲也さんは、持病の喘息などが原因で、体調を崩し映画等の降板をした過去がありますが、1989年には、ドラマ撮影中に大怪我も負っています。渡哲也さんがヘリから飛び降りるシーンで足を捻挫。しかし、撮影を続行したことで悪化し、腓腹筋という筋肉が断裂してしまい全治一ヶ月半の診断を受け、後遺症により足を引きずることになりました。

渡哲也 闘病を支える嫁はどんな人?

渡哲也さんの闘病生活を支えている嫁はどんなひとなのでしょうか?渡哲也さんの奥さんは石川俊子さんといいます。二人は同じ青山学院大学の同窓生で、石川俊子さんは一般人の方です。一般の方というのも、また結婚式は豪華なものではなくハワイで二人きりで挙式をしていて、当時の人気スターにはめずらしいことだったといいます。

渡哲也 息子の現在は?芸能界にいる?

渡哲也さんの嫁の石川俊子さんは一般人ということで、画像などの情報はほとんど無いようです。渡哲也さんには息子がいるのですが、こちらも芸能界には入っていないため、画像などは無いようです。大学卒業後は会社員として働いているそうで、就職先は鹿島建設ではないかとの噂もあったようですが、本当のところは判明していません。

渡哲也さんと同世代の人気俳優であれば、子供も俳優としてデビューをしたり、芸能業界で働くことも珍しくないように思いますが、そういった道に進むことはなかったようです。息子さんについても、結婚や子供についての情報がないので、孫がいるのかどうかも確認ができませんでした。

渡哲也 弟・渡瀬恒彦は胆のうがんで死去

昨年2017年には渡哲也さんの弟の渡瀬恒彦さんが、胆のうがんによる多臓器不全でこの世を去っています。渡瀬恒彦さんは癌が判明したときにはステージⅣで、余命Ⅰ年と言われていたそうです。コメントで渡哲也さんは「弟を失った喪失感は言葉にならない」と胸中を語っています。

もともと渡瀬恒彦さんも肺気腫を患っていたということで、遺伝的な要素もあるのかもしれません。亡くなる直前まで俳優活動を続けていた渡瀬恒彦の死去のニュースはファンだけでなく、共演者にも悲しみを広げていました。

渡哲也さんは、弟の渡瀬恒彦さんと1971年のNHKドラマ『あまくちからくち』で共演していて、役柄の上でも兄弟役を演じています。また、渡哲也さんが病気のため役を降板したときには、渡瀬恒彦さんが代役をつとめたこともあるそうです。2011年のドラマ『帰郷』では40年ぶりに兄弟共演を果たしていました。

渡哲也 生年月日、年齢などプロフィール

  • 本名:渡瀬道彦(わたせ みちひこ)
  • 出身地:島根県能義郡
  • 生年月日:1941年12月28日
  • 年齢:77歳
  • 身長:180cm
  • 学歴:青山学院大学経済学部卒業

渡哲也さんは、大学在学中に受けた日活映画の新人オーディションに参加したこときっかけに、スカウトを受け日活に入社します。なお、応募は弟の渡瀬恒彦さんとその仲間が勝手にして、渡哲也さんは激怒をしたそうです。

1965年に宍戸錠さんとのW主演『あばれ騎士道』でデビュー。エランドール新人賞を受賞します。映画『愛と死の記録』で第17回ブルーリボン賞新人賞を受賞。この作品で吉永小百合さんと初共演しています。1971年には日活を退社し、かねてからの憧れだった石原プロモーションに移籍をします。

その後、東映入りを希望しますが、病に倒れ契約にはいたらず、テレビドラマ進出へ路線変更した石原プロの作品、『大都会シリーズ』や『西部警察』に出演。この時の『角刈り』『サングラス』が渡哲也さんのトレードマークになります。

渡哲也 現在の症状、過去の病気、嫁・息子 まとめ

渡哲也さんは2015年に直腸癌の手術を受けて以降、俳優復帰を目指して自宅でのリハビリに励んでいるようです。過去の様々な病を乗り越えて、今なお演技への情熱を失っていないという、渡哲也さんの元気な姿をもう一度見せて欲しいとファンも願っているに違いありません。