関ジャニ∞・横山裕の「裕」は芸名?本名は?かつての壮絶な生い立ちとは? エンタメ

関ジャニ∞・横山裕の「裕」は芸名?本名は?かつての壮絶な生い立ちとは?

ジャニーズの人気アイドルグループ・関ジャニ∞のメンバーである横山裕さん。今回は横山裕さんの本名や壮絶な生い立ちについて、解説していきたいと思います。今を時めくアイドルである横山さんも、昔は相当な苦労をされているようです。

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横山裕さんの本名は?

横山裕さんは、生放送ラジオや、長時間ライブではMCをしたり、関西地域限定で活動してた時代には、自身の生い立ちをよく笑い話にして話しているそうです。そんな横山裕さんの「裕」というのは芸名なんだそうです。なんだか本名ぽいですね。

横山裕さんのプロフィール

1981年5月9日生まれで現在37歳。肩書は歌手、俳優であり、アイドルグループ・関ジャニ∞のパーカショニスト、トランペッター。大阪府大阪市此花区出身。ジャニーズ事務所所属。関ジャニ∞では主にパーカッション、トランペットを担当。

1996年の中学3年生の時、同級生のジャニーズJr.がテレビに出ているのを見て「うちの子も入れるんちゃうか?」と母親が履歴書をジャニーズ事務所に勝手に送り書類審査を通過。同年12月25日のオーディションで審査員だった滝沢秀明さんに落とされ、その帰りトイレに行ったところジャニー喜多川氏に

『You、舞台観に来る?』と誘われ、奇跡の合格を果たします。因みにこの時のオーディションには後に関ジャニ∞で共に活動することになる村上信五さんがいたそう。オーディションの翌日に東京に呼ばれ取材を受け、その後渋谷すばるさん、村上信五さんらと関西ジャニーズJr.として活動。

2002年に関西ジャニーズJr.のメンバーで関ジャニ∞を結成し、2004年、「浪花いろは節」でCDデビュー。2007年12月に大阪松竹座で初のソロコンサート『横山YOUがヤっちゃいますコンサート』を開催。2008年春にも第2弾となるソロコンサートを名古屋・東京で公演しました。

横山裕さんの本名は横山侯隆!

横山裕さんの「裕」は芸名で、本名は「侯隆(きみたか)」であるようです。初見で正しく読むのは難しいですね。そのため、嵐の相葉雅紀さんは横山さんのことをプライベートでは「きみちゃん」と呼んでいるそうです。相葉さんと仲が良いようですね。

横山裕さんが本名から現在の芸名になったきっかけとは

社長であり横山さんをジャニーズへと導いたジャニー喜多川氏が、『侯隆』という漢字に対して『ユー!この漢字読めないよ!』と言ったことと、ジャニー喜多川氏の口癖が『ユー!』だったことから『裕』になったそうです。確かにこれなら読むのも呼ぶのも楽ですね笑。

横山裕さんの壮絶な生い立ちとは? 中学からバイト?

中学卒業後は「早く自立したい」という思いから高校に行かず、建設会社に就職していたそうです。そのためジャニーズJr.の仕事でテレビ局入りする際は周りのほとんどが学校帰りの制服姿だったのに対し、横山さんは建設現場帰りのニッカポッカで通ったところ、

スタッフから「流石にソレ(ニッカポッカ)はマズいよ。ジャニーズは夢を売る仕事であって、今までのジャニーズのセオリーでソレは無いから」と窘められたそうです。ですが、横山さんは建設現場でも他の作業員の足手纏いにならない

よう一生懸命働いたため上司にも気に入られており、その後Jrの仕事が忙しくなって仕方なく建設会社に退職を願い出ると「お前が芸能界でアカンかったらいつでも戻って来いよ」と暖かく送り出されたそうです。心温まる話ですね。

ちなみに、中学の後半になると、本人に進学の意思が無かったものの、高校受験が決まっていたそう。ですがジャニー氏に「(受験の日に)なにも無かったらハワイに行く?」と言われ嘘をつき、受験をさぼってハワイへ。その後建築会社に就職したんだとか。

横山裕さんの壮絶な生い立ち 母親の離婚・再婚・義父からの暴力

横山裕さんの家庭は少し複雑だと言われています。横山裕さんが3歳の時に両親が離婚しました。そして、横山さんが4歳の時に母親が再婚し、横山の姓に変わりました。しかし再婚相手(新しい父親)に邪険に扱われ、横山裕さんは祖父母の元で育てられることになりました。

そして、母親と新しい父親の間に2人の男の子が誕生しました。弟さんの名前は勤さんと充さんというそうです。しかし、横山裕さんが中学2年の時に、一緒に暮らしていた祖父の心臓が悪くなり、横山さんは新しい父親と一緒に暮らすことになってしまいました。

その義父に横山さんは棒で殴られたりしていたそうです。母親は横山さんをかばい、横山さんがジャニーズ事務所入りをしてから離婚しました。横山さんに対する新しい父親の態度は変わらず冷たいものだったそうです。それからは横山さんが弟2人の面倒をみるようになりました。

横山裕さんの壮絶な生い立ち 母親の死

2010年5月に、横山さんの母親が急逝します。母子家庭に育った横山さんは青森でのソロコンサート開演4時間前に報せを聞いたものの、コンサートは予定通り開催したそう。このことについて、事務所側にも「どうする?」と聞かれたましたが「大丈夫やから」と言い、

楽屋でもコンサート本番中も泣き崩れそうになりながらも「迷いはなかった」「僕が笑ってステージに立たないで家に帰ったら、そんなのオカンもイヤやろうなって」と語っています。その後も公演スケジュールを予定通りにこなし、すすり泣く客席に「しんみりするなよ」と笑いかける場面もあったそうです。

また、関ジャニ∞の8周年記念イベントパンフレット内でのインタビューで、当時を振り返り「人生で一番泣いた。後にも先にもあんな辛いことはない」と話し、同時に葬儀にメンバー全員が参列したことを「めっちゃくちゃ嬉しかった」「すごく誇れた」と語っています。

一方でメンバーの大倉さんが「横山君が泣いてる姿を初めて見た」と語っており、「これからはオレらが横山君の家族にもならなあかん」と、葬儀の後、丸山さんの家に皆で集まり話しあったとも打ち明けています。関ジャニ∞の絆の深さを感じるエピソードですね。

横山裕さんの壮絶な生い立ち 弟とのエピソード

横山裕さんは弟2人のことはとても溺愛しているそうです。インタビューで丸山さんは『休日とか誰と過ごしてんの?って話になったら、『だいたい弟と・・』っていうのが・・弟思いで良いんですけど、ほぼ弟とのエピソードばっかりなんで、お友達おらんのかな?って。』とコメント。

そんな弟が結婚した時には、横山さんは『僕の中でずっと弟のままで止まってたんですけど、結婚式に参列した時に、『あぁ、1人の男になってたんだな』と思い感動した』と語っています。弟は横山さんへの感謝の気持ちをスピーチし、感動した横山裕さんは号泣したそうです。

横山裕さんの性格が良い?

ジャニーズの中山優馬さん曰く『横山くんってすごいシャイ。一言で言うとめっちゃ良い人』、メンバーの村上さん、元メンバーの渋谷さん曰く『めっちゃ照れ屋です。めっちゃ照れ屋だけど、優しいです、根は。顔がすぐ真っ赤かになります。素直で、すごく気ぃつかいです』、だそうです。

まとめ

今回は横山裕さんについて紹介しました。横山さんの生い立ちや人柄がよくわかりましたね。辛い幼少期や青春時代を経て、現在の横山さんがあるんですね。ファンの間では有名な話のようですが、これから横山さんをテレビで見るときはこのエピソードを思い出し、応援したいですね。