香川照之の息子の現在の歌舞伎での評判はいかに!!家系が複雑な事情とは?

映画やテレビで人気の香川照之さんが歌舞伎の世界に飛び込んでから早くも7年が過ぎました。息子さんも同じ世界に入りましたが、その評判はどうなのでしょうか。歌舞伎の世界に飛び込んだ経緯から、香川照之さんの生い立ちや活動内容をご紹介します。

香川照之と息子が飛び込んだ歌舞伎の家系とは?

香川照之さんは2011年に九代目中村中車を襲名し歌舞伎俳優となりました。同じく息子の政明さんは五代目市川團子を襲名し歌舞伎の世界に入りました。屋号は澤瀉屋で市川猿之助を筆頭にした歌舞伎界の一門です。俳優祭という歌舞伎のイベントではお客様へサービスの一環として、劇場で歌舞伎俳優が自ら売店で手ぬぐいやお土産を手売りします。

昨年は高麗屋では市川染五郎さん(現在の十代目松本幸四郎さん)と金太郎さん(現在の八代目市川染五郎さん)が親子揃って接客する姿がファンを喜ばせる中、澤瀉屋では中車さん(香川照之さん)はテレビ番組の取材を受けながら接客し一本締めの後も直ぐにその場を離れてしまい、息子の團子さんとの距離感が浮かびあがりました。

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香川照之の息子の本名と年齢、現在の学校はどこ?

香川照之さんの息子さんである市川團子さんは、本名を香川政明さんといい2004年1月16日生まれの14歳です。2012年に舞台「ヤマトタケル」で初舞台を踏みました。公式な発表はありませんが青山学院大学付属中等部に通っていると言われています。歌舞伎界では子供を青山学院大学付属に通わせることが多いです。

ひとつ下の学年には松本幸四郎さんの息子の市川染五郎さんが通っています。二人は小学校から美術部に入っているそうですが、染五郎さんが歌舞伎や歴史に関する絵を描くのに対して、團子さんはアニメや漫画の絵を描くことが多かったそうで、歌舞伎でワンピースを手掛けたお家柄が出ているのではと言われてしまうこともありました。

 

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香川照之と息子の市川團子の歌舞伎の実力とは?

歌舞伎の世界では名跡(みょうせき)を代々受け継いでいくことが多く、その家に生まれた息子が幼い頃から歌舞伎界のしきたりを学びながら稽古をつけてもらいます。息子がいなければ、兄弟の子供(息子)を養子にしたり血縁関係の繋がりが強いです。

後述しますが、香川照之さんは市川猿翁の実子ですが、別の生活をしていたため歌舞伎の稽古は一切していませんでした。それは息子の團子さんも同じで8歳で歌舞伎の世界に入りましたが、生まれた時から歌舞伎の世界にいた子供とはすでに8年も差があるということになります。

初舞台を踏むのも3歳から4歳が多く、8歳というのは遅いほうです。もちろん稽古の努力次第ではありますが、不利であるのは間違いありません。ある歌舞伎界の大御所のブログが物議を呼びました。現在は削除されていますが多くの人が目にしています。

金太郎さん(現在の市川染五郎さん)を褒めた上で、「世襲は環境である。血統が有ってもちゃんと鍛えられなければ只の駄馬」発言し、金太郎さんと比べられる同世代といえば團子さんに向けたものだとわかるものでした。

香川照之の父は歌舞伎の有名な家系だった!

香川照之さんの父親は市川猿翁さんです。猿翁という名前は隠居した名前で、それよりも49年間名乗った二代目市川猿之助で活動していた方が有名だと思います。スーパー歌舞伎と言うエンターテインメント性の高い作品は猿翁さんが生み出しました。

これまでの古典文化的芸能となっていた歌舞伎とは一線を画し、中吊りや音楽などを取り入れて新しい歌舞伎を作り出しました。猿翁さんHEAVENaパーキンソン病を発症して舞台に立つことはなくなりました。しかし隠居後も受け継がれ、現在のスーパー歌舞伎では漫画が原作の「ワンピース」を上演しています。

香川照之と同じ歌舞伎の家系の役者とは?

香川照之さんと同じ澤瀉屋の一門には、四代目市川猿之助さんがいます。二代目市川猿翁さんは四代目市川段四郎という弟がおり、その息子が四代目市川猿之助さんになります。香川照之さんからすると従弟にあたります。

 

香川照之の妻の現在は?

香川照之さんは1995年に一般女性の知子さんと結婚し2004年に團子さんが生まれました。しかし2016年に21年間の結婚生活にピリオドを打ちました。突然、夫と息子が歌舞伎の世界に入り梨園の妻となったストレスは計り知れません。また突然に猿翁さんと同居し介護も負担になったと言われます。

さらに息子に対する酷評が出されたことを、父親である香川照之が庇うことなかったといいます。相手が歌舞伎界の大物だったことから波風を立てない選択をした香川照之の姿勢に対して、心が折れてしまったと言われています。現在、息子の團子さんは母親の元で暮らしながら、学校や稽古に通っているそうです。

香川照之の父と母の過去

香川照之さんの母親は女優の浜木綿子さんです。1965年に後の市川猿翁さんと結婚し同年に香川照之さんを出産しています。息子の照之さんが1歳の時に猿翁さんが16歳年上の藤間紫さんのもとへ去ったため1968年に離婚しています。

そこから父親である猿翁さんと香川照之さんは断絶状態が続きました。香川照之さんは俳優デビューしたのを機に、25歳の時に父の公演先に会いにいったことがあるそうです。しかし父である猿之助さん(当時)は大事な公演の前にいきなり訪ねてくるなんて役者としは配慮が足りないと叱責したといいます。

さらに猿之助さん(当時)は、香川照之とは父親として関わりを持つことはないことを冷たく言ったそうです。まだまだ断絶状態は続きましたが、香川照之さんはその後も父親の舞台を観にいったといいます。

香川照之の父と母の現在

息子の團子さんが生まれたのを機に、両親の離婚の原因となった猿翁の二度目の妻である藤間紫の仲立ちで父子関係が修復されたといいます。2009年に藤間紫さんの葬儀には香川照之さんも親族として参列、その後2012年に中車を襲名するまでに関係が回復しました。猿翁さんと一時期は同居していましたが、現在は別居しています。

 

浜木綿子さんは息子が歌舞伎の世界に入るのに際して「香川照之の名は消さないで」と言いながら反対はしなかったそうです。襲名記者会見で猿翁さんは涙ながらに前妻である浜木綿子さんへ感謝の言葉を述べました。今では浜木綿子さんもわだかまりは消え、猿翁さんと再会もしました。

香川照之の現在の活動は歌舞伎だけ?

市川中車を襲名した香川照之さんは、これまでの俳優業を継続しています。その時は香川照之を名乗り、歌舞伎では市川中車を名乗るという使い分けを特例として許されました。ですので、現在でも映画やテレビドラマには香川照之名で出演を続けています。最近ではNHK Eテレで「香川照之の昆虫すごいぜ!」という看板番組でも活躍中です。

香川照之のプロフィール

香川照之さんは1965年12月7日東京都生まれ、1989年NHK大河ドラマ「春日局」で俳優デビューをします。オリジナルビデオ作品「静かなるドン」シリーズや「渡る世間は鬼ばかり」第1シリーズに出演するなど橋田壽賀子作品への出演が増え活躍の場を広げました。

その後中国映画「鬼が来た!」でカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞し実力・知名度共に高まっていきます。2011年に九代目市川中車を襲名を発表し2012年6月に歌舞伎役者としての舞台に立ちました。

先代の猿翁さんから続く家族のわだかまりを乗り越えて、今の市川中車さんがいます。母親と元妻の犠牲と涙の上に、彼はスポットライトを浴びて舞台に立っています。息子の團子さんの辛い思いは、芸の苦労だけにしてあげて欲しいものです。