上原美優さんの自殺・謎の遺書・死因の真相。鍵を握るのは島田紳助?

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2011年、24歳という若さで自殺をはかり、この世を去ったグラビアタレントの上原美優さん。テレビっ子だった私は、バラエティなどで報道のつい数日前まで元気な姿を見せていた上原さん自殺の訃報はショックでした。遺書や死因を振り返っていきます。

上原美優さんの自殺

2011年5月11日午後11時頃、東京都目黒区のマンション自室で交際中の一般男性と過ごしていた上原美優さんですが、「2時間ほど一人にしてほしい」と男性を外出させたそう。その後、外出先の男性の携帯電話に死をほのめかすメールが送られ、折り返し電話をかけても上原さんが出なかったため、

男性が上原さんの自宅に向かったところ、上原さんが自室のドアにスカーフとベルトで首を吊っており、5月12日午前3時37分に病院で死亡が確認されました。葬儀は、上原美優さん本人の地元である種子島で、同年5月15日に行われました。

上原美優さんのプロフィール

1987年5月2日生・2011年5月12日没。生前の肩書は、タレント・グラビアアイドル。本名は藤崎 睦美(ふじさき むつみ)。プラチナムプロダクションに所属しており、鹿児島県種子島(熊毛郡中種子町野間)出身。「貧乏アイドル」として貧しい家庭でのエピソードを明るく話し、

プラチナムプロダクションの看板タレントの一角までに成長しました。芸能界デビューまでの道のり及び、その後も死去するまで波乱万丈の人生を送り、その人柄で死去後も熱烈なファンが存在するそうです。1987年5月2日、藤崎家の10人兄弟(4男6女)の末っ子として誕生します。

本名の睦美(むつみ)は六女に因んで付けられたそう。この時父親は55歳、母親は43歳でした。大家族であるため家計は苦しかったそうで、生前は「下着が足りず中学までノーパンで通学した」「種子島宇宙センターでのロケット打ち上げ時には振動で家が揺れるため、家族全員で家具を支えた」

「雨が降った日は雨漏りがすごく、家の中でも傘を差さないといけない」などのエピソードを語っていたそうです。1993年に小学校に進学するも、同時に家計の苦境も増し、給食費も半年遅れでの支払いが続いていたそう。鹿児島市内の高校に入学後は2人組に襲われ暴行被害に遭い、高校も退学します。

上原美優さんの遺書?解読不能な羅列の正体、意味とは?

上原美優さんには遺書のようなメモが残されていたということで、ネットではその内容が公開されています。しかし、上原美優さんの遺書といわれるメモはあまり読める状態ではなかったようです。こちらの画像が遺書と思われるものですが、

なんて書いてあるのか解読するには難しいです。最後の力を振り絞って書いたのか、あるいはまともな文字を書ける状態になかったのか、解読不能な文字の羅列となっています。ネットでは多くの人が試みたそうですが、解読には至りませんでした。

上原美優さんの遺書は赤星たみこさんの父親のものだった

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