さだまさしの借金35億!映画『長江』制作のため!詩島を手放すことなく完済!! エンタメ

さだまさしの借金35億!映画『長江』制作のため!詩島を手放すことなく完済!!

さだまさしさんの35億円もの借金は、ドキュメンタリー映画『長江』の製作によってできてしまいました。しかしその多くはコンサート収益金から返済、コンサートの回数は4000回以上だったそうです。ミュージシャンとしての並々ならぬ努力をうかがい知れます。

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さだまさしの借金が35億円!その理由は?完済できた?

ギターを手にしながらマイクの前で歌うさだまさしさん、長年多くのファンから愛されてきたシンガーソングライターの一人ですね。基本はソロ公演ですが、他の有名な歌手やグループとのコラボ、また全国的な公演など精力的に演奏活動を続けています。バイオリンが弾けるというのもポイントの一つですね。

そんなさだまさしさんですが、実は35億円もの借金をかかえていたこと、ご存知でしたか?35億円というともの凄い巨額な感じですが、そんな借金どうやってできたのでしょうか。そしてその借金は、現在はどうなっているのでしょうか。今回はさだまさしさんの借金事情に迫ります。

さだまさしの簡単なプロフィール

さだまさし(本名は「佐田雅志」(読み方は同じ))。1952年4月10日、長崎県長崎市で佐田家の長男として誕生しました。別名「まっさん」として活躍するシンガーソングライターです。その他にもタレントや小説家としても、幅広く活動しています。身長は165cm、血液型はA型です。

さだまさしさんのコンサートでは、多くがソロ公演で観客を沸かせています。ギターを弾きながら歌う姿は、皆さんの記憶にも残っているのではないでしょうか。ギター以外にも、さだまさしさんはバイオリンを演奏します。幼少期からバイオリンを習い、その腕前はなかなかのものだそうです。

また、さだまさしさんはトークが上手とのことで、コンサートでは「トーク」や「噺(はなし)」と呼ばれるMCをとりわけ大事にしています。「3時間のなかの1時間」喋りと言うこともあるそうで、時には歌よりも長い時間トークを繰り広げることもあり、まるで「落語」か「漫談」のようだと感じる人もいるようです。

(引用:Career Find)

さだまさしの借金が35億円!理由は映画『長江』

単刀直入に、さだまさしさんが35億円もの巨額の借金を抱える原因になったのは、さだまさしさんが監督・出演・作成したドキュメンタリー映画『長江』によるものです。この映画は、長江の流れに沿って通りすぎる街と人々と歴史を追うドキュメンタリー映画で、東宝洋画系120館で上映される大ヒット作となりました。

しかし、問題は諸経費がかさんだことでした。35ミリ映画フィルムに変更して撮影したこと、長江の源流域への立ち入り交渉が難航したため、撮影スケジュール超過してしまったことが予算を圧迫、借金に至ったというのです。彼がどうしても中国で撮影を続けたかったのは、中国への憧れ・強い思い入れがあったからです。

終戦後、さだまさしさんの祖母はロシアのウラジオストクから、そして祖父は中国から必死で日本に帰国しました。祖父母がそうした壮絶な人生を歩んできたことを聞かされており、自身のルーツは中国方面にもあると感じ、借金をしてでも撮影に臨んだのだと思います。

さだまさし、借金を完済!無人島〈詩島〉を手放すことなく!

さだまさしさん、実は自身で無人島を所有しているのです。その名は「詩島(うたじま)」。朝日放送系「大改造!!劇的ビフォーアフター」にさだまさしさんが出演し、個人所有の長崎県の詩島のリフォームの様子が紹介されました。1979年に詩島を購入、その後映画『長江』制作での35億円もの借金も重なります。

しかしながら、数年前に見事完済しました。詩島を売却すれば、もう少し早く借金を返済できたものと思いますが、さだまさしさんは決して無人島「詩島」を売ることは考えませんでした。彼はそのことについて「子どもの頃からの夢だった」との理由からとあるインタビューで答えています。

また加えて、「手放してもそれほど資産価値があるものでもなかったので、夢は手放さないでおこうということで頑張った」とも言っています。それでは35億円もの借金、どのようにして返済したのでしょうか。そこにはミュージシャンならではの努力がありました。

さだまさし、借金完済までにソロ公演4000回以上?

先ほどの話の中に35億円もの借金を見事完済したと紹介しましたが、その返済方法が凄いのです。さだまさしさんはミュージシャンです。なんとこの借金を返済している期間に行った公演、コンサート、およそ4,000回以上です。すさまじい回数にビックリしてしまいます。

つまり、公演収入で多くの借金を返済してきたのです。さだまさしさんは、ここまで続いてきた原動力を「借金」と答えたそうです。「28歳で28億、金利入れたら35億。30年間、返し続けるために生きてきた。クオリティを下げなかった自身はあるが、ようやく今自分のペースで活動できる」、勇ましい生き方です。

さだまさし、コンサート回数多数でオリコンが表彰!

以前、さだまさしさんがソロ公演4000回目のコンサートを迎える時に、オリコンによる「4000回記念」の表彰を受けていたことが分かりました。プレゼンターのオリコン・小池社長より表彰状を受け取って「4000回、スタッフがよく数えたなあ」と会場を笑わせながら、その嬉しさを噛み締めていたそうです。

さだまさし、映画『長江』は父親の人生が深く関わっている!

先ほども少し触れましたが、映画『長江』の話は中国を舞台としています。それは祖父の壮絶な人生が関係しています。ドキュメンタリー番組『ファミリーヒストリー』、その回は「さだまさし~スパイだった祖父 大陸の奥地へ~」と題し、さだまさしさんの家族の壮絶な歴史が明らかにしました。

祖父が中国で諜報活動をしていたスパイだったと聞かされてきたことが、この映画の製作に当たって重要なものであったと話しています。それほど壮絶な人生、生活だったのですね。なかなかに興味深い話です。

さだまさしの持論「返せる借金はしたほうがいい」!

最後にさだまさしさんの持論について紹介します。35億円もの借金を抱えた彼が、コンサート収入で返済していった過程を追ってインタビューしていたところ、「人生いってこい、五分五分でOK」と人生論を語りました。続けて、「返せる借金はしたほうがいい、返せない借金は、絶対にしてはダメ」と持論を展開したそうです。

さだまさしの生い立ち

さだまさしさんは、1952年4月10日、長崎県長崎市で佐田家の長男として誕生しました。当時は第二次世界大戦の終戦直後、混沌とした時代でした。祖父は中国から、のちに妻となった祖母はロシアのウラジオストクから、そしてさだまさしさんのお父さんでさえ、戦地から復員したばかりという状況でした。

さだまさしさんのお父さんは材木商を営み、自宅は部屋が10以上もある豪邸だったそうです。3歳よりバイオリンを習い、めきめきとその才能を開花させ、小学校時代では数々の大会で上位入賞するなどの成績を残しています。バイオリン指導者として高名な鷲見三郎に認められ、小学校卒業と同時に上京しました。

中学1年から2年間は東京、中学3年から20年間は千葉で暮らしたそうです。その間にフォークギターを覚えたそうで、とある合唱団の伴奏も務めていたようです。國學院大學法学部に進学するが大学にはほとんど行かずに中退し、その後高校時代の友人「吉田正美」さんと意気投合してバンド「グレープ」を結成、活動を始めました。

デビュー曲はさほど売れませんでしたが、地方のラジオ局が「グレープ」の曲を深夜に流すようになってから、徐々にヒットへとつながっていきました。1976年のグループ解散後は、ソロ歌手へ転向し、自身のプロダクション会社「さだ企画」を立ち上げ、日本全国で活躍するシンガーソングライターとなりました。

(引用:Career Find)

さだまさしの借金が35億円!その理由は?完済できた?のまとめ

いかがだったでしょうか、今回はさだまさしさんの35億円もの借金にまつわるお金事情を紹介してきました。35億円もの借金はドキュメンタリー映画『長江』の製作によってできてしまいました。しかしその多くはコンサート収益金から返済、コンサートの回数は4000回以上だったそうです。

すでに還暦である60歳を過ぎている、さだまさしさん。なおも精力的に自身の音楽活動に励み、多くのファンを魅了しています。さだまさしさんからは、内なる強い思いを感じます。これからもたくさんのコンサートでその熱い思いを伝えてくれるに違いありません。今後の活躍にも注目です!!