女優・宮沢りえの若い頃が可愛い?少女から大人の美人女優に! エンタメ

女優・宮沢りえの若い頃が可愛い?少女から大人の美人女優に!

女優の宮沢りえさん。若い頃は過激な写真集を出版するなどしていましたが、現在は女優業をメインに活動されていますね。私生活では今年V6の森田剛さんと結婚して話題を呼びました。今回は宮沢りえさんの活動を若い頃から振り返っていきます。

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宮沢りえさんのデビューしたての若い頃が可愛い?

宮沢りえさんは子供時代にモデルとしてデビューし、まずはCMに出演します。女優としてのデビュー作品は映画『ぼくらの七日間戦争』。この映画で主演を務めた宮沢りえさんは、非常に高い演技力を発揮し、その年の日本アカデミー賞新人賞を受賞しました。そしてこれがきっかけで、女優としての活動が増えていきました。

連続ドラマ初主演は、1989年フジテレビにて放送された連続ドラマ『スワンの涙』。現在も水泳をしている宮沢りえさんが表紙のビデオのパッケージをネットで見ることができますが、バレリーナ姿が美しく、視聴者は釘付けになったといいます。

翌年1990年、ドラマ『悪魔をやっつけろ!』でも主演を務めた宮沢さんは、またしても評価を上げ、女優としての活躍の幅をますます広げていくことになります。このころの写真を見てみると、若い頃はあどけない少女で、妖艶な大人の女性である現在とはずいぶんとギャップがありますね。

宮沢りえさんのプロフィール

1973年4月6日生まれで45歳。女優、ファッションモデルが活動のメインですが歌手もされていたそうです。東京都練馬区出身。身長167cm、血液型はB型。エムツー企画所属。日本人の母親と、オランダ人の父親を持つハーフ。夫はV6の森田剛さん。

11歳の頃にモデルとしてデビューすると、程なくして雑誌 『週刊セブンティーン』の表紙モデルに抜擢されます。1987年には、CM『三井のリハウス』の初代リハウスガール「白鳥麗子」役を務めて注目を集め、トップアイドルの一人となりました。

同時期から活躍していたゴクミこと後藤久美子さんとは、同学年ということもあって仲が良く、また良きライバル関係でもあったそうです。ちなみに後藤久美子さんとは11歳の頃、キットカットのCMで共演歴があるそう。もしかしたら、このライバルも若き日の宮沢さんの助けになったのかもしれませんね。

宮沢りえさんの若い頃の活動が過激?

宮沢りえさんの10代の頃の活動は過激なものが多かったようです。17歳のころにはふんどし姿を披露した『ふんどしカレンダー』なるものを出版して話題を呼んだんだとか。現代で17歳の若手女優がそんなものを出版したら大問題になりますね笑。

宮沢りえさんの若い頃の活動で最も有名で衝撃的なのは、18歳のときに発売されたヘアヌード写真集『Santa Fe』。写真家の大物である篠山紀信さんが撮影し、美しいプロポーションの上、誰も予想ができなかったヘアヌード写真集ということで凄まじいヒットとなったそうです。

宮沢りえさんのスタイルは若い頃から良かった?

前述の通り、過激な活躍が多かった10代後半。都合上、過激な画像を掲載することはできないため検索していただけたら分かると思いますが、そのカレンダーの画像からも、宮沢さんは当時からかなりスタイルが良かったことが伺えます。流石女優さんですね。

宮沢りえさんの恋愛歴。若い頃に婚約破棄?

1992年に現在の貴乃花親方である貴花田さんと婚約を発表した宮沢さん。しかし、その2ヶ月後に婚約破棄を発表し、世間では物議を醸したそうです。ビッグカップル誕生と言われた2人の婚約破棄には、宮沢さんの母親である通称「りえママ」の力が及んだといわれています。

2009年にはハワイ在住の実業家一般男性との結婚を発表しました。この発表の際、すでに第一子である娘を身ごもっており、大きく話題になりました。ちなみにこの際、「りえママ」は反対したそうですが、宮沢さんの意志で結婚と出産を決意されたそうです。しかし、2012年に離婚してしまいます。

宮沢りえさんの両親

前述した通り、宮沢りえさんはオランダ人と日本人のハーフとして生まれました。元々ホステスをされていた母親と父親が出会い、結婚しました。宮沢りえさんは産まれた当初日本の祖父に預けられていたそうで、両親は宮沢さんをのこして2人でオランダに移住したんだとか。

しかし時期は分かりませんが両親はその後、オランダで離婚することになり、母親が日本に帰ってくることに。宮沢さんを引き取ることになった母親は、そこから宮沢さんのプロデュース活動を開始しました。母親に言われるがまま仕事をしていた宮沢さん。それだけならまだしも、恋愛にも干渉していたそう。

後述する貴花田さんとの婚約破棄や妻子持ちの中村勘三郎さんとの不倫騒動など、いずれも母親の過干渉が原因と言われています。娘の恋愛もまた、戦略だったようです。昭和期のプロレスの「悪のマネージャー」のようですね。そんな宮沢さんの母親は、2014年9月に病気で逝去されました。

これを受けて宮沢りえさんはFAXにて「最期に、生きるということの美しさと、凄まじさと、その価値を教えてもらいました。そういった全ての宝物を胸に、私は、役者として、母として、女として、惜しみなく生きようと思います。」と述べました。

宮沢りえさんは現在も美人(画像アリ)

宮沢りえさんは40代を迎えた現在でも大変綺麗ですよね。女性の顔を何万とみてきた高須クリニックの高須院長は同年代の美人女優・高岡早紀さんを引き合いに出し、「2人とももちろんきれいなんだけど宮沢さんは痩せすぎ! 太りすぎても老けるけど、もっと年下男性と食事でもして、太っていいね。

逆に高岡さんはベスト体型でしょう。これ以上痩せると頬もこけるから気をつけたほうがいいかなまず、拒食症になるということは人間をドライフルーツにするようなもの。栄養分・水分が失われるんだからね。だから肌のハリや保湿力が失われ、シワっぽい肌質になるのが後遺症のひとつ。

ただ、若いときはどんなことにも回復力が高いから、今の年齢で激痩せするよりはダメージは少ないでしょう。とはいえ何歳でも拒食症はいけません。美容面じゃなく健康も損なわれるよ!」と、かつて拒食症が噂された宮沢さんにアドバイスをおくりました。綺麗な女優さんでもバッサリ評論できるのは流石ですね。

宮沢りえさんは美人ママ?娘も可愛い?

宮沢りえさん、娘さんの名前は不明で、便宜上、愛称「アロハちゃん」と言われているそう。宮沢りえさんは、娘さんの教育に熱心な様で、家庭教師をつけての英才教育を施しているんだとか。娘さんの幼稚園も、芸能人やセレブ御用達の成城幼稚園に通っていたそう。

卒園後は、幼稚園から大学まで一貫校の「成城学園初等学校」に進学したものと思われます。ちなみに、成城幼稚園入学式にはパールがあしらわれた上下で約140万円もする黒のシャネルスーツ着て出席し、僻みなのか、ネットでは批判されたそうです。

女優を休業し妊活へ?

V6の森田剛さんと結婚された宮沢さん。宮沢さんは一人っ子として幼少期に寂しい思いをしていたそうで、出産するには高齢の40代ですがもうひとり子供がほしいと考えているそうです。そのため芸能関係者の方は「その場合(高齢出産)は女優業を休業し長期の『妊活』を開始する可能性が高い」としています。

まとめ 可愛い少女から美人女優へ

今回は宮沢りえさんについて紹介しました。過激なグラビア活動を経て、現在は国民的女優の1人となった宮沢りえさん。もし高齢出産をされるというのであれば、是非応援したいところですよね。婚約破棄と離婚を経験した宮沢さん、今度こそ、森田さんと幸せになってほしいですね!