松田聖子の現在!デビュー当時の若い頃から美人!当時のエピソードなど エンタメ

松田聖子の現在!デビュー当時の若い頃から美人!当時のエピソードなど

1980年代を代表するアイドル・松田聖子さん。現在も美人なのは凄いですよね。今回は松田聖子さんのデビュー当時のエピソードや功績などをまとめました。元祖「ぶりっ子」で、ぶりっ子なのに嫌われず愛されたスーパーアイドルの現在までを振り返り!

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松田聖子さんはデビューした若い頃から美人!

松田聖子さんは現在50代ですがとても綺麗ですよね。しかし若い頃と現在を見比べてみると、目など大きく違いがわかります。メイクではここまで大きな目の変化は作れないでしょう。他にもチャームポイントでもあった八重歯がなくなっているのは確かですね。

芸能人の整形と言えば鼻を整形する芸能人も多いですが、松田聖子さんに関しては鼻に関しては変化を感じられません。しかし、特に気になるのは実は肌です。年齢を重ねても透き通る様な綺麗な肌というのはなかなかキープできるものではありませんね。

松田聖子さんのプロフィール。若い頃から現在まで。

本名は蒲池 法子(かまち のりこ)。1962年3月10日生まれの56歳。肩書は、日本の歌手、女優。1980年代トップアイドル。娘は声優・女優の神田沙也加さん。福岡県久留米市荒木町出身。所属事務所はfelicia club(フェリシアクラブ)。身長160cm、体重42kg。血液型A型。

1970年代を代表するアイドル山口百恵さんが引退する年の1980年4月に、「裸足の季節」でレコードデビュー。デビュー曲はCMタイアップで火が付き、その伸びのある透明感のある歌声で注目され、その後も続けざまにヒット曲を連発。「ぶりっ子」と言われるほどの仕草や容姿と高い歌唱力が人気となり、

トレードマークであった「聖子ちゃんカット」や、新しいアイドルとしての生き方に関しても多くの話題を集めました。大宅壮一文庫創設以来の人名索引総合ランキングでは「松田聖子」が1位(2015年2月)となっており、2位の小沢一郎氏らを抑えて「日本の雑誌にもっとも頻繁に登場した著名人」とされています。

松田聖子さんのデビュー秘話! 紆余曲折あった?

どうやら松田さんの父親には「娘を淑やかなお嬢さんに育てたい」という考えがあり、松田さんはキリスト教の高校に入学します。入学後は、キリスト教研究部に入部し、熱心に聖書の勉強をしていたそうですが、郷ひろみさんの大ファンだった松田聖子さんはいつしか歌手に憧れるようになります。

高校1年生の時、友達と遊び半分で、CBSソニーと集英社が主催する、「ミス・セブンティーンコンテスト」に書類と、桜田淳子さんの「気まぐれヴィーナス」を録音したテープを送ると、しばらくして九州地区大会へ来るようにとの連絡が入ったようです。

松田家は両親がとても厳しかったことから両親に内緒で、1978年の4月、福岡市民会館で行われた九州地区大会に出場すると見事に優勝を果たしますが、これが両親に知られてしまい、全国大会は、激怒した父親に辞退させられてしまいます。

松田聖子さんのデビュー秘話! 才能を見出されスカウト

父の激怒で芸能界入りを諦め、しばらくは普通の生活をされていた松田さんですが、数週間後、CBSソニーのディレクターから「別の形でデビューしませんか」との連絡が入ります。このディレクターは、九州地区大会で優勝した松田さんの歌声を聴いて才能を見抜き「この子は絶対に売れる」と確信したそう。

この連絡で、芸能界入りを諦めきれなくなった松田さんは、辛抱強く両親を説得。足掛け1年、ようやく「3年間一生懸命やって、だめだったら、諦めて学校に戻るように。」との条件で、承諾を勝ち取り、何があっても頑張らなければと決意を固められたそうです。

松田聖子さんのデビュー当時の快進撃

1980年8月14日にリリースされたセカンドシングル「青い珊瑚礁」が、歌番組「ザ・ベストテン」で初登場8位にランクインし、翌月の9月に第1位を獲得すると、続く10月リリースのサードシングル「風は秋色」も、初のヒットチャート第1位を記録。「第22回日本レコード大賞」では新人賞を獲得し、

「第31回NHK紅白歌合戦」にも初出場されると、ブロマイドの年間売上でもトップになり、聖子さんのヘアスタイル「聖子ちゃんカット」が全国の少女たちの間で一大ブームになります。1981年から1985年にかけて立て続けにシングルをリリースすると、すべての曲でオリコンランキング1位を記録!凄いですね。

松田聖子さんの若い頃の映像は「あまちゃん」でも?

2013年に大ヒットした『あまちゃん』では同年代にアイドルとして活躍した女優の小泉今日子さんが主人公の母親・春子を演じ、「今は歌を歌う人はアーティスト、演技する人は女優、モデルはモデル、住み分けができてるでしょ。でも昔はね、ぜんぶアイドルがやっていたの」

「みーんな夢中だったのよ聖子ちゃんには。何しろ歌が上手い!もちろんかわいい!ぶりっ子って言葉の語源は聖子ちゃんだからね。かわい子ぶってるのに、同性に嫌われない。むしろ憧れの対象だったわけ‥‥」と当時の松田さんについて語るシーンがあり、80年の紅白での「青い珊瑚礁」の映像も流れたそうです。

松田聖子さんは元祖ぶりっ子?

「ぶりっ子」とは、当時の人気漫才コンビ春やすこ・けいこさんや山田邦子さんが、松田聖子さんが意識的に自分を可愛く見せようとしている姿を形容した言葉であり、当時の流行語にまでなったそう。しかし当時の事務所の社長であった相澤秀禎氏は、

「ファンが欲しているものをその場で判断して、それにあった雰囲気作りをする聖子の頭の回転の速さと行動力を評価しており、持ち前の声の良さとプロ根性と共にその「巧妙な自己演出」が松田聖子という歌手を完成させた」と語っています。

2010年に出した楽曲が大コケ?

2010年5月に発売された松田聖子さんのシングル「いくつの夜明けを数えたら」がまったく売れず、当時のユニバーサルの上層部も頭を抱えたんだとか。同社関係者は「4月からスタートしたフジテレビ系の人気ドラマ『チーム・バチスタ2 ジェネラル・ルージュの凱旋』の

主題歌に採用されたにもかかわらず、オリコン初登場は12位。前作よりはランクアップとなったものの、投資に見合うだけは売れない。ユニバーサルの上層部が頭を抱えています。聖子の作詞・作曲を認めてGOサインを出したTという役員の責任問題にも発展しかねませんよ」と語ったそうです。

2007年、サンミュージックと業務提携を結んだ松田さん。「サンミュージックとしては、大物アーティストの楽曲を聖子に歌わせるということで業務提携を結んだんです。当時、聖子はソニーミュジックに所属しており、すでに自身の作詞、作曲の曲を発売することが決まっていたので、

サンミュージックは仕方なく認めた。ところが、次の曲も聖子の作詞・作曲。業務提携を無視した結果、ユニバーサルに移籍するまで自身の作詞、作曲の曲は1曲もヒットしなかったんです。普通なら、自分の才能のなさに気がつきますよ」と音楽関係者は辛らつな評価を下しました。

現在でも年齢を感じさせない美しさは整形なのか?

松田聖子さんの肌は年齢を感じさせませんよね。芸能人ともなれば高級なエステ店を使っていると思うので、常に肌が綺麗というのは整形ではない様にも思えますが、実際に不自然な顔のてかり、いつまでの健在な若い肌などを見ると肌の整形をしている可能性もあるのかもしれません。

まとめ 若い頃も現在もアイドル

今回は松田聖子さんについて紹介しました。かつてのトップアイドルが整形の疑惑などもあれど美を保ち続けているのは流石といったところですね。2度の離婚や楽曲の大コケなどで公私ともに一部では評価を落としている松田聖子さんですが、まだまだ1流芸能人であり続けることでしょうね。