木下優樹菜のおバカキャラ時代の非常識は昔のヤンキー時代の名残?伝説も エンタメ

木下優樹菜のおバカキャラ時代の非常識は昔のヤンキー時代の名残?伝説も

フジテレビのかつての大人気クイズ番組『ヘキサゴン!!』では珍回答を繰り返すおバカキャラでブレイクした木下優樹菜さん。その時は時折非常識な言動も見られましたが、それはヤンキー時代の名残だったと言われています。果たしてどれほどだったのでしょう。

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木下優樹菜さんは昔ヤンキーだった!

木下優樹菜さんは中学生の頃、ヤンキーだったそうです。本人も公言されており、ネットで転がっている昔の写真などを見ても一目瞭然なので、これは間違いのない事実のようです。今回はヤンキー時代の伝説、ヤンキーになった理由なども詳しく解説していきます。

木下優樹菜さんのプロフィール

1987年12月4日生まれの30歳。肩書は、バラエティタレント、女性ファッションモデル、歌手、女優。『ヘキサゴン!!』から生まれた歌手グループPaboおよびアラジンのメンバーでもありました。本名は藤本 優樹菜(ふじもと ゆきな)。旧姓、木下。愛称はユッキーナ、ゆきなちゃんなど。

東京都葛飾区出身。プラチナムプロダクション所属。夫はFUJIWARAの藤本敏史さん。2006年に渋谷でスカウトされ、現在の芸能事務所に所属し、翌2007年、三愛水着イメージガールに抜擢。スポンサーモデルを務める傍ら、グラビア方面でも活動するように。

2008年から集英社のファッション雑誌『PINKY』における3か月間の実習モデルを経て5月号をもって専属モデルになる。同年5月から『ハチワンダイバー』で女優デビュー。その後も、連続ドラマでレギュラー・ゲスト出演したり、単発ドラマにも出演したりもされているようです。

昔ヤンキーだった木下優樹菜さんは今でも地元では伝説?

ヤンキー時代を過ごした地元での影響力はいまだに健在だという木下優樹菜さん。地元を取材したという週刊誌記者は「ヤンキーキャラでブレイクした頃、地元に取材に行ったのですが、聞き込みの途中で急にヤンキーたちに囲まれてしまった。『早くここから出てけ。何するかわかんねぇぞ』

とえらい剣幕でスゴまれましたよ。後から聞いた話では、彼女の元カレが当時の番長で、その時もまだ影響力を持っていたというわけです」 仲間にも恵まれた木下優樹菜さんは、同記者曰く「エリートヤンキー」のようですね。よほど凄いヤンキーだったのでしょうね。

木下優樹菜さんが昔ヤンキーになったのは「モー娘」?

デビュー前、安室奈美恵さんに憧れてアクターズオーディションや、13歳時の2001年に行われたモーニング娘。第5期オーディション『モーニング娘。LOVEオーディション21』で最終選考の9人に残るも落選したそうで、落選理由は「協調性のなさ」。このとき、ソロデビューの話もあったといいます。

木下優樹菜さんは、この挫折がきっかけになってヤンキーへの道に走るようになったとのこと。確かに、これだけのショックを13歳で味わってしまっては地元に帰っても勉強する気にはなれないかもしれませんね。結果的にママタレントとして大成できたので今となっては結果オーライなのかも…?

木下優樹菜さんはヘキサゴンでブレイク

南明奈さんが『クイズ!ヘキサゴンII』に初出演した際、司会の島田紳助さんが南さんのことを特別扱いするのが面白くなく、ふてくされた木下さんが対抗意識を抱き、南さんの愛称「アッキーナ」をもじって自分のことを「ユッキーナ、ユッキーナ」と叫んだことが愛称の由来だそう。

なお、「ユッキーナ」という愛称自体はそれ以前にファーストDVD『裸足のマーメイド』発売イベントの際にイベントMCとファンの相談によって決まったものですが、同じ日に南さんとイベントがバッティングしたため、それに対抗して付いたものとされています。

2008年に入り、『PINKY』との専属モデル契約や女優デビューをしたことで、デビュー当初の潔い姿勢やケンカっ早いイメージを見せ難くなっていると告白していて、「PINKY」絡みでは紳助さんとの共演の際には「(載ってるの)ヤンキー?」と質問されると、「PINKY!」と返すのが定番だったんだとか笑。

また、定番の挨拶であった「チョリース」(もしくは「チョリッス」)という言葉をさまざまな番組で使用しており、「チョリース」はギャルなど若者の間で流行し、2008年新語・流行語大賞にノミネートされたそう。確かに、若い女性などは真似しそうなフレーズですね。

木下優樹菜さんのほかにも、佐々木希さんも昔ヤンキーだった!

現在アンジャッシュ渡部健さんの奥さんで人気女優の佐々木希さんも、中学時代は地元・秋田では筋金入りのヤンキーだったと言われています。これは有名な話ではないでしょうか?なんと木下優樹菜さんが、コイツはやばいと言うくらいの元ヤンぶりなんだとか。

金髪とカラーコンタクトがトレードマークの佐々木希さんは、少し近寄りがたい存在だったのかもしれませんね。しかしこれがきっかけかは定かではありませんが、不登校になり、高校へは行かずアルバイト生活になったそうです。そしてアルバイト先でスカウトされ、瞬く間に女優の世界へ。凄い話ですね。

木下優樹菜さんが作った伝説1 あの人とケンカ?

木下優樹菜さんの高校時代、番長を決めるタイマンがあり、決勝までいきましたが残念ながら負けてしまい、副番長になった経歴があります。その戦い方が異常で、男の人には自転車で金的を狙って突っ込んだり、女の人には髪の毛をひっぱりごっそり抜くなど。

芸能界にはいって、あびる優さんと殴り合いの喧嘩をしたそうですが、あびる優さんに髪の毛を引き釣り回され泣いてしまったようです。あびる優さんといえばキックボクサー・才賀紀左衛門さんの奥さんですからね。なんとなく、あびる優さん自身も強そうですからね…。

木下優樹菜さんが作った伝説2 現在も名残が?

木下さんは、調子を乗ってる女子や、団体行動をしたりする女子が嫌いで、高校時代そのような女子たちを不登校までに追い込んだのだとか。ヤンキーも団体で行動していると思いますが、ヤンキー副番長の木下さんには関係なかったのかもしれません。ちなみにこのエピソードを披露した際は当然ですが炎上騒ぎに。

また、現在も当時の片りんがあるのか、夫の藤本敏史と結婚後二人の子どもをもちますが、長女の莉々菜ちゃんが夜泣きしている関わらず、藤本敏史さんが寝ているのにイラッとして、寝ていた藤本敏史さんに母乳をかけたそうです笑。藤本さんも、朝起きたらびっくりしたでしょうね。

母親に謝罪…

木下さん昨年、TBSのバラエティ番組に出演した際にヤンキー時代を振り返り、「あの時は本当にお母さん辛かったと思う」としみじみ。例えば母に面と向かって「朝起きてくるのやめて、顔見たくないから」などと平気で言っていたそう。そんな木下さんも今や人の親。

「娘から十何年後に同じこと言われたらホントに生きる自信なくす」、「申し訳なかったと思う」と母親に詫びました。ただ結婚式の際、「申し訳ございませんでしたっていう手紙を泣きながら読んだからそこでもうなかったことになってる」と、帳消し宣言。ちなみに今では母親と非常に仲が良いそうです。

まとめ

今回は木下優樹菜さんについて紹介しました。地元最恐レベルの元ヤンキーがおバカタレントとしてブレイクし、今では日本を代表するママタレントの1人だというのですから、人生何が起こるかわからないものですよね。夫の藤本さんや2人の娘さんたちと、幸せに穏やかに暮らしてほしいですね。