沢田研二の若い頃がイケメン!昭和の国民的スター・ジュリーの現在まとめ エンタメ

沢田研二の若い頃がイケメン!昭和の国民的スター・ジュリーの現在まとめ

ジュリーの愛称で親しまれた昭和のスター・沢田研二さん。1990年代の頭くらいからメディアへの露出が減りました。現在も芸能活動は続けているようですが、何をされているのでしょうか。また、激太りで沢田さんだと分からなくなっているとの情報も!?

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沢田研二さんの若い頃がイケメン!

若い頃の沢田研二さんは、現在もネットで検索するとみることができるのですがめちゃくちゃイケメンでした。中性的なルックス、歌声や表情もそうですがメイクが色気を引き立てていました。テレビが娯楽の王様だった時代に、こんな人がいればそれはスターになりますよね。

当時の沢田さんの人気というのは、これ以上のスターは出ないのではないかと言われるほどのすさまじさだったそうです。日本の1970~80年代を象徴するような方ですね。今の沢田さんはすっかり仙人とよばれていますが、人気は健在のようです。

沢田研二さんのプロフィール。デビューから現在まで

1948年6月25日生まれで現在なんと70歳。肩書は、歌手、俳優、作詞・作曲家。両親の実家がある鳥取県鳥取市生まれで京都府京都市育ち。本名、澤田 研二。ニックネームはジュリーで、由来は沢田さん本人が女優のジュリー・アンドリュースのファンだったため。

妻は女優の田中裕子さん。前妻は元ザ・ピーナッツの伊藤エミさん。身長171cm。現在は横浜市中区に在住。1960年代後半のグループ・サウンズ全盛期からスーパー・スターとして活躍し、ソロとしてのシングル総売上は1,239万枚1982 – 1991年の9年間は歴代1位の座を保っているそう。

1992年に〝自分はナツメロ歌手ではなく現役の歌手だから〟という理由で過去の映像の使用を許可しなくなった沢田研二さん、ちょうどその頃からメディアへ登場する機会が急に少なくなりましたが、2001年にはそれを撤回し、過去の映像の放映を認めるようになりました。

このころから再びテレビで沢田研二さんは今までのようにテレビに出るように。しかしその頃からやはり若い頃と比べると太ったように見えますね。そして、初代内閣総理大臣・伊藤博文のようになってしまった今の沢田さんをみるとファンでなくてもちょっとショックかもしれません。

「ジュリー」と呼ばれた男・沢田研二

一昔前なら、男前の代名詞は木村拓哉さんでしたが、さらに前の1970年代、男前といえば、ジュリー・沢田研二に間違いありませんね。奇抜な衣装に身を包み、妖艶ともいえる沢田研二の存在は、まさに時代のアイコンでした。しかし、時代とは残酷なものです。

ドラマ「寺内貫太郎一家」で、木樹希林さん演じるおばあちゃんが「ジュリー」と悶え叫んだ、あの面影はもうどこにもありません。とはいえ、驚くべきことに、ジュリーのファンには、ザ・タイガース時代からの熱狂的ファンが多く、沢田研二さんがひとたびコンサートを開けば、今でもホールが満杯になる人気ぶり。

沢田研二さんのザ・タイガース時代

1971年2月1日、沢田研二さんの他、萩原健一さん、大野克夫さん、井上堯之さん、岸部一徳さん、大口広司さんらと共に当時『ニューロック』と呼ばれていたジャンルでの活動を開始。しかし、メンバーだった萩原健一さんのドラマ『太陽にほえろ!』

での活躍と共にバンドでの活動が難しくなり、1972年11月21日発売のシングルを最後にPYGは自然消滅してしまいました。『太陽に吠えろ!』のメインテーマは『井上堯之バンド』の代表曲として有名ですが、レコーディング時は『PYG』としてレコーディングされたものだそうです。

沢田研二さん、イケメンの秘密はメイク?

1979年5月発売の『OH!ギャル』で初めてメイクをするようになりました。沢田さんの代名詞ですね。今では、メイクをする男性のタレントさんはたくさんいますがこれは沢田さんが先駆けだと言われています。イケメン、というよりは美男子ですよね。

また、この曲の影響で「ギャル」が流行語にもなりました。ちなみに当時のギャルというのは「若くて明るく社交的で魅力的な女性」のことをそう呼んでいたそうです。今とは少し違う意味ですね。現在のギャルというと、派手な格好で遊んでいる女性のことでしょうか。

沢田研二さんの名曲「勝手にしやがれ」

1977年に発売された沢田研二さんの19枚目のシングルにして代表曲『勝手にしやがれ』。題名は8の映画名から。作詞は大物・阿久悠さん、作曲は大野克夫。日本レコード大賞をはじめ数多くの賞を受賞した曲で、現在までに様々なアーティストがカバーしている名曲です。

沢田研二さんの現在。激太りは「太りやすい体質」?

今ではすっかり激太りしている沢田研二さん、大人気だった若い頃はそのスタイルキープのために食事を制限し、いつも空腹のような状態だったとか、食べたものも吐き出すなど、その太りやすい体質の身体をスリムでスタイリッシュにキープするために相当の努力をされていたそうです。

年齢を重ねたことで、現在では昔のようにスタイルを維持する必要もないと感じたことで、そうした努力をしなくなり、もともとの太りやすいという体質もあってか、一気に太ってしまったというのが理由のようです。理由が分かってもちょっとショックですよね…。

沢田研二さんの現在。ファンにマジ切れ?賛否両論

2015年1月のライブの際には、沢田研二さんのMCで、当時話題になっていたISの日本人人質問題について語っていたところ、ステージに向かって「うたって〜!」と叫んだファンに向かって「黙っとれ!嫌なら帰れ!」とマジ切れし、ホール中を凍り付かせたそうです。

しかし現在、沢田さんがMC中に政治問題などについて語るのは古参のファンにとっては有名な話だそう。しかもMC中の声かけはファンの間ではやってはならない『鉄の掟』だったそうで。それにしても、コンサートでなぜわざわざ政治問題について語るのでしょうか…笑。

丸刈りに激太り…若い頃のイケメンは見る影もなく

沢田研二さんが激太りしてしまった理由は〝普段の生活のせい〟とのことですが、もともと太りやすい体質だったことに加えて、昔からかなりお酒が好きだったそうです。しかもその量は半端なものではなく、普段から夕食の時に5合から6合の日本酒を飲むのは当たり前で、時には昼間からお酒を飲んでいることもあるとか。

沢田研二さんのお酒好きは古くからのファンの間では有名なのだそうですが、こういったことも激太りにつながったのかもしれませんね。沢田さんが今のように激太りしてしまった原因は、どうやら病気ではなく、日常生活とご本人の体質の問題だったらしい、ということはわかりました。

しかし体型や年齢から現在では、実際にライブでも3曲ほど歌うと「歌い続けると身体が持たない」と言っているそうです。お医者様からも、糖尿病や高血圧などの心配があるので、大きい声を出したり、激しい運動をしたりすることは制限されているそうです。

まとめ 若い頃のイケメンから社会派アーティストへ

今回は沢田研二さんについて紹介しました。かつては色気のある美男子でしたが、今ではコンサートで社会問題について熱弁するおじいさんになってしまいました。しかし現在でもコンサートを満員にできる人気は凄いですよね。今の50代、60代の女性たちの青春なのでしょうね。

当時の沢田さんの歌声や楽曲は動画サイトなどで視聴することができます。当時生まれていない方でも、自分が生まれる前の時代に想いを馳せてみるのも良いかもしれませんね。人が老いるのは逃れようのない運命ですが、名曲に色褪せや老いなどはありません。一度、聴いてみてはどうでしょうか?