小田和正の家族!!ファンなら気に成る結婚とお嫁さんとの〇〇話し!!子供は??

プライベートがあまり出ない小田和正さん、あのクリアーボイスは一体どんな環境で産まれ、育ったのか等を皆様に感じて頂き、ファン、そして新たに興味を持たれた方々の為に、今回、衰える事の無いアーティスト小田和正さんを支えて来た家族を中心に、色々調べてみようと思います。

小田和正さんの家族は?結婚とお嫁さんの名前は??

奥さんの名前は恵子さんと言われます。長い期間を経て、1982年(『I LOVE YOU』の歌詞から推測すると多分9月)にご結婚されていて、なんと中学生時代からの仲という事です。あら?一時活動停止と鈴木康博さん脱退も1982年から1983年だったかな。小田和正さんにとって波乱万丈の1982年だった事は確かです。

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小田和正さんの家族、嫁・恵子さんとは??

オフコースのファンで、大学にファンクラブを結成した事を切っ掛けに、事務所に度々お手伝いに来られていた恵子さんと交際されていたとか、オフコースの曲で『I LOVE YOU』の曲は奥様への曲とファンの間では有名です。小田和正さんを支えて来た人物と言えます。仲が良くゴルフ等も行かれてたそうです。

小田和正さんの家族、嫁・恵子さんの情報は??

過去に雑誌に掲載されたらしく、多分旧姓、新井恵子さんと紹介されました。1953年5月24日生まれ、1男2女の長女、横浜共立学園卒業後、女子美術大学短期大学部卒業、一般人女性で入籍の記事には「私的な事だったので公表する事を迷った」と掲載されています。

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小田和正さんの家族、父親は凄かった!!

そっくり??

小田和正さんの父親は信次さんと言う方で東京都本郷出身です。生前、『友&愛』で居られた小田和正さんにソックリな気の良い店員さんと有名に成った方で、金沢文庫すずらん通り商店街の基礎を築いて貢献された事で、功績を称えられて藍綬褒章(らんじゅほうしょう)を受章されています。

原点??

元々、小田和正さんを医者にしたかった信次さんは、2008年5月26日、小田和正さんが向かっている事を聞き「そうか、じゃあちょっと寝るわ。」と最後の言葉を残し、眠りに着かれ、94歳で他界されています、癌でした。もしかすると小田和正さんが明治安田生命等の保険の宣伝で歌われる原点は、此処に在ったのかのしれませんね。

小田和正さんの家族、かけがえのない母親

きぬゑさんと言われています。和歌山県東牟婁郡北山村(奈良県と三重県に挟まれている日本で唯一飛び地の村)出身で、とても歌が上手な方だったと語られています。小田和正さんの幼少の頃は商売が忙しかったようで、あまり一緒に居る事が出来無かったそうです。そんな母きぬゑさんの事を「かけがえのない人」と表現されています。

小田和正さんの家族、兄弟

小田和正さんの兄弟は、一人お兄さんが居て、お名前は小田兵馬さん、父の意思である実家稼業の小田薬局の薬剤師を継がれ店長さんです。2005年に一度経営悪化により横浜地裁に差し押さえの話が出ていたとか。日本ドラッグストア協会や、横浜市金沢区薬剤師協会の要職も務められたほどの人物です。

小田和正さんの気に成る子供は?

小田和正さんにお子さんは居られないそうです。ですが歌には歌詞や題名に子供と言う言葉は出てきて居ます。例えば、『生まれて来る子供たちのために』こちらの曲では、過ちとを犯す人物と赦す人物と生まれる前の子供達、旅立たれっる存在と、もう一人寄り添い共に旅立つ人物が居ます。そっと見守る存在を意識され歌われてます。

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子供が苦手??もしも、小田和正さんに子供が居たら??

結婚されてからもしも、子供が居られたら、30代ですが、二十歳前後でもし結婚されて居たら年齢からして、お孫さんが居られても可笑しくないですね。基本的に、小田和正さん自身が、子供は苦手と言う理由から子供を望まなかったそうです。子供が好きでは無かったのでしょう。

小田和正さんの趣味や子供の頃は??

奥様の話しの中でも出てきましたが、ゴルフです。他には油絵や、落語(古今亭志ん生)のファンだった事も揚げられています。幼少期にバイオリン教室に通いを習っていたとか、母のきぬゑさんの『春の小川』等の歌を聴いて育ったそうです。

小田和正

学歴とキャラクターの原点

1947年9月20日生まれ、もう直ぐ71歳。神奈川県横浜市金沢区谷津町出身、学歴は聖光学院(カトリック系、中高一貫校)卒業後、東北大学工学部の建築学科卒業、早稲田大学大学院理工学研究科を修了されています。自身の研究する姿が気に入って居られたのかCDのジャケットに白衣を着たキャラクターや東京タワーが描かれています。

役職とロゴマーク

日本が誇る小田和正さんは音楽家・アーティスト、元オフコースのボーカリストでリーダーを務め、現在シンガーソングライター兼音楽プロデューサー、株式会社FAR EAST CLUB(ファーイーストクラブ)の代表取締役社長として活躍されています。ファーイーストクラブは東京タワーの絵をモチーフにされたロゴです。

小田和正さんの実家は小田薬局!!小田和正の聖地が此処に!!

聖地・横浜の実家

1950年(昭和25年)に日本で初めて出来た、すずらん通りの屋根付きアーケード商店街に、1941年(昭和16年)創業の小田薬局があります。二階に併設されていた紅茶専門の喫茶店「友&愛」中ではグッズ販売もされていて、美味しかったと評判です。

聖地・東京

小田和正さんと言えば、東京都港区に在る「FAR EAST CAFE」も有名です。オリジナルグッズや小田和正さんの最新情報等も提供されていて素敵なお店です。Caf’e menuも料金的にリーズナブルな価格、聖地巡りをされる方にお勧めのお店です。

リーダー小田和正・オフコース

オフコース・メンバー

聖光学院の時から基盤と成る活動をされ、初期メンバーは小田和正さん、鈴木康博さん、地主道夫さん、須藤尊史さん、中期参加メンバーは小林和之さん、城間正博さん、助っ人に吉田浩二さん、結成10年目「さよなら」がヒットした後期メンバーは小田和正さん、鈴木康博さん、清水仁さん、大間ジローさん、松尾一彦さんの5人。

亀裂脱退オフコース解散理由

武道館史上初の10日連続コンサートの最終日を持ち1982年6月30日に一時活動停止後、鈴木康博さん脱退。1年後4人で活動を再開するも、1989年2月26日に解散しました。解散の一番の理由は鈴木康博さんの脱退が大きかったらしく、過去に松尾一彦さんが語られています。

アーティストとしての才能の違い

オリジナルが一番ですね

最近よくカバーを出される方が多いですが、小田和正さんの曲を歌われた時、感情より自身の歌声に酔ってしまって居る歌手が多いですね。例えばクリス・ハートさん、ラブストーリーは突然にを歌われていますが、一部演歌(コブシが入る)に聞こえたり、優しい風は、強い突風の勢いで歌われ、単なるカラオケに成ります。

過去に話題となった発言

松山千春さんのコーラスを「要らない」拒否された事も、松山千春さんの音域だとコブシが入る(力が入り過ぎる)と言う意味で言われたと考えられ、また、松任谷由実さんに対して「サウンドが歌を殺している」と言う発言に関しても、同じ事が考えられ、小田和正さんのアーティストとしての絶対音感の次元の違いが見受けられます。

現在の小田和正さんの活動

もう直ぐ71歳の小田和正さんは未だパワフル。ライブツアー『明治安田生命 Presents Kazumasa Oda Tour 2018「ENCORE!!」』の為、5月から10月までの期間、計48公演、巡られています。今回、アンコールも含め計30曲、ファン大満足ボリューム満点、大好評です。今後も頑張って頂きたいですね。