辛口コメントのセルジオ越後が経歴詐称って本当?評判は最悪? エンタメ

辛口コメントのセルジオ越後が経歴詐称って本当?評判は最悪?

サッカー評論家として有名なセルジオ越後さんですがその経歴が詐称まみれという噂と、その辛口コメントに「何様なんだ?」との批判があがっています。その発言が辛辣であることは以前から知られているセルジオ越後さんですが、経歴詐称とはどういったことなのでしょうか?

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辛口サッカー評論家のセルジオ越後は経歴詐称していると評判に?

ブラジルの元プロサッカー選手で若くして引退してからは来日してサッカー評論家や指導者をしていたセルジオ越後さん。しかし、公表されているセルジオ越後さんの経歴はほとんど詐称されたものだと分かり評判が落ちているようです。一般にはブラジルでは一流選手であったと思われているセルジオ越後さん。

ウィキペディアによるプロフィールではセルジオ越後さんは『日系ブラジル人の二世でブラジル・サンパウロ出身の元プロサッカー選手。サンパウロのコリンチャンスでプレイし、日系人初めてブラジル代表候補として名前が挙がった』と、あります。ですが本当はどうだったのでしょうか?

評論家セルジオ越後は一流選手じゃなかった?経歴詐称か?

1972年に来日し、現在はサッカー評論家・指導者また会社取締役や日本アンプティサッカー協会の最高顧問として活動中のセルジオ越後さん。セルジオ越後さんについての少し後ろ暗い噂も。それは、テレビ局スタッフをだまし「ブラジルで一流選手だった。ブラジル代表候補レベル」という嘘の経歴紹介VTRを作らせたというもの。

来日以来ずっと発信し続けていると経歴紹介VTRは偽物ということですね。近年ではネット社会なので、誰でも簡単に情報が調べられるようになっていますがセルジオ越後さんが来日した1972年頃はそんなものは無テレビを利用して「一流選手だった」と本人が主張し続けているというのです。

嘘だった?セルジオ越後が掲載しているブラジルでの経歴とは?

セルジオ越後さん本人が自己紹介する時のプロフィールとしているものは次の通りです。『ビッグクラブのコリンチャンスで引退した』『それ以外のチームに所属していない』『コリンチャンスで活躍していた選手で能力があったが自分から引退した』『日本に来てからも活躍していた』

とこのように話すそうです。これらはすべてブラジルでの活躍ですが、セルジオ越後さんが語っているものですね。1972年に来日した当時は、この話の真偽を一般人が確認することはできませんでしたが、インターネット世代になった現在、その経歴に偽りがあるといわれるようになったようです。

三流選手だった?ネットにあったセルジオ越後の『本当の経歴』

当時、セルジオ越後さんが所属していたブラジル2部チームの集合写真がネット上で発見されています。そしてその写真には確かにセルジオ越後さんと思われる選手が写っていますが、コリンチャンスの試合と違って明らかに客数が少ない小さなスタジアムでの写真。

ユニフォームもコリンチャンスと全く違って、1968年のトレスポンターノというミナスジェライス州のブラジル2部チームの集合写真でのもの。セルジオ越後さんがコリンチャンスに在籍していたのは2年だったそうですが、その間で11試合に出場し無得点。その後に2部でも活躍していません。

評判は最悪?セルジオ越後のブラジルでの『本当の経歴』

ネットで見つかったセルジオ越後さんの本当の経歴として見つかるものは次の通り。『1964-65年、コリンチャンス(サンパウロ州・1部)11試合0得点』『1967-68年、トレスポンターノ(ミナスジェライス州・2部)記録不明』『1971年、ブラガンチーノ(サンパウロ州・1部)記録不明』

『1971年、パウリスタ(サンパウロ州・1部)記録不明』『1972-74年、不二和不動産(日本・1部)40試合6得点』。セルジオ越後さんはコリンチャンスではチームに付いていくことができず1年で契約を解除されてしまい、鉄骨関連会社で2年間営業マンをしていました。

セルジオ越後がコリンチャンス以降、日本にきた経緯

コリンチャンスを契約外序された後、鉄骨関連会社で2年間営業マンを務めたのち、セルジオ越後さんは名門のコリンチャンス出身のプロサッカー選手という肩書きが功を奏して、商談相手とサッカーの話で盛り上がったり、草サッカーをして親睦を深め商品がどんどん売れていったそうです。

その後セルジオ越後さんはブラジルの2部チームに復帰していくつかのクラブチームを渡り歩きましたが、日本のアマチュアサッカーチームからオファーを受けました。貧困が根付いているブラジルでは日本で仕事をすることは大きなチャンスでもあったため、職場の上司から後押しされたため来日を決めたそうです。

「ブラジルで一流選手、代表レベルだった」と印象操作を?

セルジオ越後さんの一番の問題点は、ブラジルで一流選手だったかのように日本のメディアが伝えていたことにあります。来日直後には確かに「ブラジルで一流選手、ブラジル代表レベル」とテレビで紹介されていました。最近ではブラジルメディアで紹介された本当の経歴がバレ、ウィキペディアにも本当の経歴が記載されるようになりました。

「(コリンチャンスでは活躍していないが)コリンチャンス出身の一流選手」というのであればセルジオ越後さん経歴詐称に当たりません。ですが、真実は17歳ではなく19歳でコリンチャンスと契約しているということなのでこの部分に関しては経歴詐称と言えます。

経歴詐称で評判が落ちたセルジオ越後の評価は?

セルジオ越後さんがコリンチャンスに所属していたことは真実としても、一流選手だったかといえばどうも違うようです。ですが、セルジオ越後さんは日本に渡って述べ50万人以上の子供たちにサッカーを教えたという功績があります。経歴詐称はともかく、日本のサッカー界にとって功績があるのは確かです。

「2006年生涯スポーツ功労者表彰」、「外務大臣表彰」、「旭日双光章」を受賞している時点で一流のサッカー伝達者であることは間違いないでしょう。経歴については確かに詐称している部分があるようですが、サッカー人気が無かった当時の日本で活躍するにはそれくらいの誇張がないと成功は難しかったのかもしれません。

日本代表の初戦、コロンビア戦でも辛口コメントのセルジオ越後

『2018FIFAワールドカップロシア』で日本代表の初戦、コロンビア戦が行われ、2-1で日本が勝利しました。セルジオ越後さんはその試合を振り返ってコメントを出しています。「いきなり相手が退場となり、こんなこと2度とないようなラッキーな展開になったね。盆と正月が一緒に来たようだよ」

「日本は数的有利になってからの試合運びはバタバタしていたしコロンビアとのレベル差はまだまだあると感じさせた」「数的有利になったことで、今後の得失点差を考えても、もっと積極的にとどめを刺しに行ってほしかった」「勝利で選手やチームが浮かれない事を願っている」とここでも辛口コメントでした。

セルジオ越後の『何様?』な発言はネットでも評判が悪い?

かなり辛口で、偉そうな発言が多いセルジオ越後さんのサッカーコメント。「辛口なのは日本のサッカーチームを愛するが故の愛の無知」という好意的な見方もありますが、かなり辛辣なセルジオ越後さんの発言はおおむね評判が悪く、「いったい何様?」という反応が多いのも事実。

「セルジオ越後って何様?」「偉そうな事言うけど、この人が監督やったらいい成績残せるの?」「そんなすごい実績がある人なの?」それらに総じて多い答えは「『評論家』だから好きかって言うのが仕事」「マイナースポーツだった頃にサッカー教室を開いたことが、おそらく唯一の実績」と評判は良くなさそうです。

セルジオ越後は日本のサッカーの貢献者、今後も辛口は変わらず?

セルジオ越後さんには「ブラジル代表に選ばれたこともある」「ロナウジーニョの得意技エラシコを編み出したのも彼だ」などの好意的な意見も多々あります。偉そうだとか辛口だと言われるセルジオ越後さんですが「監督」ではなく「評論家」であるなら、別に実績が無くても的を射た事を言って居れば問題ないようにも思えます。

セルジオ越後さんが日本で活動された70年代にはまだまだマイナーだったサッカーを、メジャーなスポーツに押し上げた人間のひとりが、セルジオ越後さんであるのも事実。ですが、ブラジルでの経歴詐称もバレたことですし、できれば辛口コメントをもう少し控えてほしいのも事実。今後のコメントに注目したいですね。