ダルビッシュ有の年俸の推移と評価は?!田中・大谷と比較してわかること!! エンタメ

ダルビッシュ有の年俸の推移と評価は?!田中・大谷と比較してわかること!!

ダルビッシュ有は、誰でも知っている野球界のスーパースターですね。日米球団を渡り歩き、毎回たたき出す高額な年俸で、日本の野球選手に夢を与え続けてくれます。ダルビッシュ有の評価がどのように高額年俸につながってきたのか、日本とメジャーでの活躍を調べて見ました。

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野球界で高い評価と年俸を生んだダルビッシュ有の生い立ち!

ダルビッシュ有のイケメンで彫りの深い顔立ちは、日本の女子の心をわしづかみにしますね。国際色豊かなお顔立ちなのは、お父さんはイラン人で、元サッカー選手のスポーツマンだそうです。イラン出身で、サッカー選手になるためにアメリカのフロリダ州に留学し、州代表として活躍していたとか。抜群の運動神経は父親ゆずりだったのですね。

現在では、神戸に「ダルビッシュギャラリー」を運営するビジネスマンで、ペルシャ絨毯などを販売しています。また、「ダルビッシュミュージアム」で、フィギュアや展示でダルビッシュ有の魅力を伝えています。試合ごとに必ず結果を残し、評価につなげ、毎回高額年俸に一発サインをするのも、父親譲りのビジネス感覚があるのかもしれません。

ダルビッシュ有の高額年俸と女性ファンからの評価

ダルビッシュ有は多くの女性ファンを引きつけてきました。家庭では幼稚園に行くまでは英語で話していたそうです。ハーフでイケメンのため、常に女性ファンの憧れのまとで、プロに入り2007年にタレントの紗栄子さんと結婚し、男の子二人に恵まれますが、2012年にレンジャーズに移籍が決まったときに、離婚を発表しています。

また、そのイケメンぶりでは、女性ファッション雑誌『na.an』に6ページにわたり一流アスリートならではの筋肉美を披露しています。高額年俸はもちろんのこと、引き締まった美しい筋肉は、女性の心をつかんで離しません。ちなみに、現在の奥さんは元女子レスリングの山本聖子さんですね。お二人の間には男の子が一人いらっしゃいます。

ダルビッシュ有の高い運動能力の評価とドラフトから年俸まで

ダルビッシュ有は大阪羽曳野市の出身で、小学校の頃からアイスホッケーもするスポーツ万能な少年で、小学校3年生に地元の羽曳野イーグルスで軟式野球をはじめました。中学進学後ボーイズリーグ全羽曳野に所属し、2年から投手となり、中学3年生の時には全国大会に出場し、ベスト8、世界大会第3位と一気に頭角を表します。

東北高校時代は1年からエースとなり、神宮野球大会で、被安打7、12奪三振で脚光を浴び、自身初の150km/hを投げたのは3年生の時で、甲子園には4度出場し、ドラフトでは松坂大輔以来の怪物と高く評価されました。2005年に日ハムにドラフト指名され、契約金1億円、年俸1500万円、出来高5千万円で仮契約しています。

ダルビッシュ有:日ハム時代の契約年俸推移と評価

日ハム時代は、入団当初に喫煙報道で謹慎などの騒動もありましたが、6月に一軍昇格するとすぐに対広島東洋カープ戦で初登板初先発で、プロ初勝利を果たします。その年の契約更改では、年俸倍増の3000万円で一発サイン。2007年以降から鶴岡とバッテリーを組み、日本シリーズではチームを44年ぶりに二度目の優勝に導いています。

また、プロ4年目の契約更改で、史上最年少の2億円プレヤーになり、2008年は防御率・勝利数・奪三振の全てでリーグ2位、投球回と奪三振は2年連続で200を超えました。シーズン後半は控えていたフォークボールを解禁し、速球は最速153km/hを計測し、プロ5年目に年俸2億7000万円で一発サインしています。

ダルビッシュ有の年俸と評価を松坂大輔と比較

ダルビッシュ有は、2009年WBC日本代表に選出され、松坂大輔と中国戦で4回を無安打無失点に抑えて勝利投手となっています。決勝では161km/hを計測し、MLBの強打者からも賞賛を浴び、米野球界でも高い評価を得ます。7月に右肩を強打し、右人差し指の疲労骨折があったにもかかわらず、最優秀防御率と最高勝率を獲得しました。

その年の契約更新で、年俸3億3000万円で合意しています。松坂大輔投手の方が、ダルビッシュよりも一年ほど早くプロ野球界で評価されていますが、安定感ではダルビッシュが高い評価を得ています。また、10種類の球種の握り方と投げ方を、写真解説付き本にして、『ダルビッシュ有の変化球バイブル』を出版し、速球の技を披露しています。

ダルビッシュ有:年俸と評価を現役選手やイチロウとの比較

2010年には、5試合連続で二桁奪三振の記録を樹立し、7月の楽天戦で国内最速156km/hを記録しました。この頃からエースピッチャーとしての評価がさらにメジャーでも高まり、メジャー挑戦が取り沙汰されるようになります。しかし、ダルビッシュ有は日ハム残留をブログで宣言し、この年は単年契約の年俸5億円でサインしました。

現役の日本選手と比較すると、小笠原道大内が巨人で叩き出した4億3千万円を超える最高年俸でした。また、25歳で5億円に到達したのは、イチローが1999年、26歳の時にオリックスで到達したのを抜いて史上最年少です。2年連続の最優秀防御率1.78と、222奪三振は、両リーグトップ成績で、5年連続の2桁勝利を飾っています。

ダルビッシュ有:メジャー挑戦時の年俸と田中将大との比較

ダルビッシュ有は、2011年4月に史上129人目の1000奪三振を達成し、ファン投票、選手間投票ともに1位で、5年連続5度目のオールスターに選出されます。また、シーズン250奪三振で、6年連続二桁勝利を記録しています。しかし、田中将大に勝率でわずかに敗れ、田中将大はこの年沢村栄治賞を獲得しています。

メジャー挑戦では、ダルビッシュ有が2012年にレンジャーズに入団し、2017年にドジャーズに、2018年にはカブス移籍します。一方、田中将大は2014年にニューヨーク・ヤンキーズでメジャーデビューを果たしています。このときの契約金が、7年契約の総額1億5500万ドルでダルビッシュ有に大きく差をつけることになります。

ダルビッシュ有:テキサス・レンジャーズ時代の年俸と評価

ダルビッシュ有は12月20日にレンジャーズの移籍が決まり、この時には、松坂大輔を上回る約5170万ドルで交渉権を得たといわれています。そして、2012年1月に6年間総額6600万ドルで契約合意しています。入団してすぐに、ヤンキーズ戦で黒田博樹と投げ合い156km/hを記録して月刊最優秀新人を受賞しています。

6年間着実に仕事をこなしてチームに貢献し、2017年5月のフィリーズ戦でMLB通算50勝目を、6月のヤンキーズ戦で10奪三振、通算31度目の二桁奪三振を記録しています。しかし、2014年8月に右ひじの炎症で故障者リストに入り、2015年3月に手術を受けています。2016年復帰して以降17試合に登板し復活を遂げています。

ダルビッシュ有:ドジャースとカブス時代の年俸と評価

2017年6月のヤンキーズ戦で10奪三振し、日本人投手最多の通算31度目の二桁奪三振を記録して高い評価を受けますが、7月末にドジャースとトレードになり移籍します。8月4日の移籍後初のメッツ戦で、10奪三振を記録して勝利投手となり、9月には1000奪三振を達成し、チーム29年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献します。

しかし、ワールドシリーズでは3勝4敗で惜しくも優勝を逃し、この年の11月にFA宣言します。2018年2月にカブスとの6年契約に1億2600万ドルで合意しました。カブスでは8試合に登板しますが、1勝3敗、防御率4.95の時点で、右上腕三頭筋の挫傷が明らかになり、今季中の登板は難しいとされています。

ダルビッシュ有とメジャー歴代の選手との年俸の比較

ルーキーときの日本球団の年俸は、ダルビッシュ有の日ハム2005年入団、田中将大の楽天2006年入団とも、契約金一億円、年棒1500万円でした。しかし、田中将大がヤンキース入団した時の1年目の年俸にあたる額は、約2200万ドル(1ドル102円換算で、22億4400万円)といわれています。

ダルビッシュ有が約550万ドル、松坂大輔は約633万ドル、イチローは約566万ドルで、田中将大はダントツ高額な年俸でメジャー入りを果たしたことがわかります。メジャー入団時の年俸には大差がありましたが、2017年ではダルビッシュ有(31)が田中将大(28)に差をつけて年俸約30億円といわれています。

ダルビッシュ有と大谷翔平の日ハムとメジャーの年俸の比較

大谷翔平の日ハム1年目の年俸は1500万円、2年目3000万円、3年目1億、4年目2億円と、ダルビッシュとほぼ肩を並べ、2017年の年俸は2億7000万円です。2018年23歳でエンゼルスに入団したときの契約金は2億3200万円、年俸は6000万円で、これは少なすぎるといわれていますが、MLBのルールがあるようです。

MLBでは、ドラフト対象外の25歳未満の海外の選手に対して、契約制限があるようです。大谷翔平がダルビッシュや田中将大との年俸の違いを知ったうえで、25歳まで待たずに契約合意したのは、二刀流にこだわる大谷選手ならではのメジャー挑戦だったのかもしれません。

ダルビッシュ有のメジャーでの高い評価

野茂英雄投手が1995年にドジャース入りをし、全米にトルネード・フィーバーを巻き起こして以来、各球団は日本人選手へのリクルートに本腰を入れるようになりました。ダルビッシュ有も高額な年俸で全米デビューを果たした一人です。ドジャースでは、優勝こそ逃しましたが、チームが勝ち進むのに大きく貢献し、高い評価を得ました。

大阪羽曳野市の野球少年が、メジャーのビッグスターになるまでの長い道のりに、プロとして仕事をするダルビッシュ有の姿が見えてきます。ダルビッシュ有のメジャーでの活躍のみならず、日本の野球界やスポーツ界全体への貢献が今後も語り続けられることでしょう。