本田美奈子の死因は白血病!?闘病するも骨髄移植を断念!? エンタメ

本田美奈子の死因は白血病!?闘病するも骨髄移植を断念!?

その確かな歌唱力で多彩なジャンルで活躍してきた本田美奈子さん。38歳という若さで亡くなったことは有名な話ですが、本田美奈子さんの死因が「白血病」というのはご存知でしょうか?今回は最後まであきらめず白血病と闘い続けた本田美奈子さんについて調査してみました!

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本田美奈子の死因は白血病!骨髄移植を断念するほど悪かった!?

「1986年のマリリン」などの代表曲で知られる本田美奈子さん。小柄でとても可愛らしいルックスでアイドルな雰囲気がある反面、力強い歌声と確かな歌唱力で、歌手として多彩なジャンルで活躍してきました。そんな本田美奈子さんは驚くことに38歳という若さで亡くなったといいます。

これからという時に旅立ってしまった本田美奈子さん。その死因は白血病と言われています。白血病ってよく聞く病気ですが実際どんな病気かよく知らないという人がほとんどじゃないでしょうか?本田美奈子さん以外にも白血病で若くして亡くなった方はたくさんいます。そんな本田美奈子さんと白血病について今回まとめてみましたのでご覧ください!

本田美奈子はどんな人?プロフィールの紹介!

  • 名前:本田美奈子(ほんだみなこ)本名は工藤美奈子(くどうみなこ)
  • 生年月日:1967年7月31日 2005年11月6日に死去
  • 出身地:東京都葛飾区
  • 身長:162cm
  • 体重:43cm
  • 血液型:O型
  • 職業:歌手、女優、声楽家

1985年に「殺意のバカンス」で歌手デビュー。同期には中山美穂、南野陽子、斉藤由貴など後々トップアイドルとなる豪華な顔ぶれがそろっています。そんな中、4枚目のシングル「Temptation」がヒットし、さらには武道館でのコンサートを成功させたり、数々の新人賞を受賞したりと着々とトップアイドルへの階段を上っていきました。

さらに1986年にリリースした「1986年のマリリン」が大ヒット。露出が多い衣装や腰を振る振付などアイドルとしては異例の演出で当時は話題となりました。その後はバンドを組んだり、ミュージカルに出演するなど多彩なジャンルで活躍をしその人気は不動のものに。さらに2003年にはクラシックアルバムも発売して話題となりました。

本田美奈子の死因「白血病」の症状はいつから出ていた?

歌手として認知度が上がり数多くのファンを得た本田美奈子さんですが、2004年の末頃から風邪や微熱などに近い症状が続いていたそうで、2005年1月に病院にかかったところ「急性骨髄性白血病」と診断。本田美奈子さんは「白血病」という病に侵されていたのです。診断後、すぐに入院しマスコミにも翌日に公表したそうです。

2004年の年末から症状が出ていて、年をあけてすぐに病院に行っていることからもそんなに長期間症状が出たまま放置していたわけでもないようですね。しかも風邪のような症状だと「ただの風邪」と油断してしまう人も多いはずです。白血病という病気がいかに恐ろしいものだということがわかりますね。

本田美奈子の死因「白血病」という病気はどんな病気?

本田美奈子さんの人生を奪った「白血病」とは一体どんな病気なのでしょうか?本田美奈子さんが診断された詳しい病名は「急性骨髄性白血病」。急性骨髄性白血病とは、造血幹細胞が悪性腫瘍化し、正常な血液が作れなくなるといういわゆる血液のがん。治療をしなければ死に至ると言われる恐ろしい病気なのです。

詳しい原因は現在もわかっていないと言われており、誰でもかかる可能性のある病気だそうです。さらに、2015年の統計によると日本では年間8631人もの人が白血病で亡くなっていると言われているそうです。そんな恐ろしい病気にかかり闘病生活を送っていたという本田美奈子さんですが、さらに追い打ちをかけるような事実が発覚したのです。

本田美奈子を襲った白血病は難治性のものだった!?

白血病がいかに恐ろしい病気かわかりましたが、実は本田美奈子さんは急性骨髄性白血病の中で一番治る可能性が低く、さらに発症率200万人に1人と言われる難治性のものだったそうです。非常に厳しい結果だった本田美奈子さん。ただでさえ治療しないと死に至ると言われている病気なのに、治る可能性が低いものだとは。

元気な笑顔を見せていた本田美奈子さんを突如襲った「白血病」。詳しい原因がわかっていないだけに、予防することもできません。これも運命ということなのでしょうか。神様は不公平すぎますね。しかし本田美奈子さんはあきらめず最後まで闘い続けたといいます。その闘病生活がいかに大変だったのか・・・私たちには図り知れません。

本田美奈子の白血病との闘い!闘病生活の内容とは?

急性骨髄性白血病の中でも特に治りにくいと言われている難治性と診断された本田美奈子さん。その闘病生活はかなり厳しいものだったと言われています。通常であれば、10日間の抗がん剤治療で骨髄中の白血病細胞が5%以下になり、一時的によくなった状態いわゆる寛解(かんかい)というものに入るそうです。

ですが、難治性と診断された本田美奈子さんの場合は、白血病細胞が50%も残ってしまい医師からも非常に厳しい状態だと告げられたそうです。1回目の抗がん剤治療で口の中は口内炎だらけ。話もろくにできず水も飲めない状態だったといいます。それでも諦めず2回目の抗がん剤治療を開始した本田美奈子さんだったのですが・・・

その結果も18%残った状態となり寛解(かんかい)に入ることはなかったのだとか。この結果は医師たちも予想以上だったようで「これが最後かもしれません」とご家族に告げることになります。抗がん剤治療を行っても症状はよくならず、予想以上の悪い結果に本人にとってはもちろん、そばで支えているご家族も「辛い日々だった」そうです。

本田美奈子と白血病との闘い・骨髄移植を断念!?

辛い闘病生活が続く中、骨髄移植をしようと本田美奈子さんに合うドナー探しを始めたそうです。しかし、なかなか合うドナーが現れず、適合する人物が見つかるまでに数カ月もかかることから骨髄移植を断念したと言います。これ以上の予断を許さない中、次は臍帯血移植に踏み切ることに。すると早い段階で適合する臍帯血が見つかったのです!

その後移植に備え3クール目の抗がん剤治療を開始します。高熱やだるさなどこれまでの抗がん剤治療を超える辛さが続く中、さらには放射線治療での照射も行いかなりの痛みを伴っていたといいます。それでも希望を捨てず諦めず耐え抜いた結果、4.8%で寛解(かんかい)に入ったとのことです。

本田美奈子、一時退院で美しい奇跡の歌声を披露!

厳しい抗がん剤治療、臍帯血移植を乗り越えた結果、一時退院することが決まったという本田美奈子さん。一時退院の日は本田美奈子さんの誕生日。実家でご家族と誕生日を祝うため一時退院する本田美奈子さんを病院関係者が見送ったと言います。

そして、本田美奈子さんはお世話になった方たちに「歌しかないから」と感謝の気持ちを伝えるために「アメージンググレース」を披露したのだとか!病と闘っていた人とは思えないその美しい歌声に聞いた人たちは涙を流したそうです。

本田美奈子に白血病が再発!?再び辛い闘病生活を開始!

奇跡の歌声を披露した後、一カ月ほど実家で穏やかな日々を過ごしていたという本田美奈子さん。顔色もよく食欲もあり検査の結果もよかったため誰もが安堵する中、実はその間にも本田美奈子さんの体内では白血病が再発していたのです。その後検査で再発が発覚し、再び緊急入院することになりました。

再びの闘病生活に本田美奈子さんはご家族に「ごめんね」と気遣う姿を見せていたと言います。その後状態がいい時には自宅に戻って数日過ごすなどの日々を過ごしていたのですが、容体が急変し2005年11月6日に静かに息を引き取りました。その際、本田美奈子さんは微笑みを浮かべていたそうです。

本田美奈子だけじゃない!夏目雅子の死因も白血病だった!

38歳という若さで亡くなった本田美奈子さん。実は芸能界には本田美奈子さんと同様白血病に侵され若くして亡くなった方がいます。その方とは女優の夏目雅子さん。その美貌と演技の才能にとても人気があった女優さんでなんと27歳という若さで亡くなったそうです。

人気絶頂の中での悲劇に日本中に衝撃が走ったと言われています。実は夏目雅子さん以外にも白血病で亡くなった方はたくさんいらっしゃいます。市川海老蔵さんの父である市川團十郎さん、カンニング竹山さんの相方・中島忠幸さん、中川翔子さんの父・中川勝彦さんなど、白血病によって奪われた才能は数多いのです。

本田美奈子の死因「白血病」と闘病生活まとめ

白血病という病気になっても、笑顔と諦めない強さを教えてくれた本田美奈子さん。奇跡の歌声はもう聞くことはできませんが、私たちの記憶にはしっかりとその姿が残っています。最期まで力強く生き抜いた本田美奈子さんについてまとめてみました。最期まで読んで頂きありがとうございました!