チェッカーズのメンバーの現在!解散理由は確執!?どうやら噂ではなく… エンタメ

チェッカーズのメンバーの現在!解散理由は確執!?どうやら噂ではなく…

30代以上の方であれば名前を聞いてピンとくるであろうチェッカーズ。活動した1980年代から1990年代にかけての人気ぶりというのは凄まじかったようです。しかし光り輝くアイドルほど黒い噂が出るもの。その解散の理由はメンバー間の確執にあったそうで…。

目次

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チェッカーズメンバーは?

藤井郁弥(現:藤井フミヤ):リードボーカル。久留米市立南筑高等学校卒業。チェッカーズ結成前は、カルコークというバンドでボーカルをしていたそうで、通称「フミヤ」。メンバーの藤井尚之さんの実兄でもあります。また、現在はヒロミさんや木梨憲武さんの友人としても有名ですね。

武内享:ギター、リーダー。福岡県立八女工業高等学校卒業。実家はスナックで、よくメンバーが集まって練習していたそう。また、この年代の方にはよくいそうな、ビートルズマニアなんだとか。ファンからの愛称は「トオル」。この字でトオルと読むのは初めて知りました。

高杢禎彦:サイドボーカル。柳川高等学校卒業。低音のボーカルが得意。小さい頃からガキ大将で、保育園の時から藤井郁弥さんと遊んでいた仲。徳永善也さんをチェッカーズに入れるためにさらった時の、車を運転していたのは高杢さんのよう。通称「モク」。

大土井裕二:ベース、サブリーダー。福岡県立三井高等学校卒業、第一経済大学中退。矢沢永吉さんに憧れてベースを始めたようです。チェッカーズ結成前は、シークレッツというバンドでベースを弾いていたんだとか。通称「ユウジ」、ファンの間からは「裕(ゆう)ちゃん」と呼ばれていたそう。

チェッカーズのメンバー2

藤井尚之:サックス。藤井フミヤさんの実の弟です。九州産業大学付属九州産業高校卒業。元々はベースの担当で、大土井さんの加入によりサックスに転向します。楽器は色々演奏できたんですね。ファンからの愛称は「ナオユキ」や「尚ちゃん」など。

鶴久政治:サイドボーカル。久留米市立南筑高等学校卒業、第一経済大学中退。チェッカーズ結成前は、50’sというバンドでボーカルをしていたんだとか。通称「マサハル」。ファンの間からは「マーさん」と呼ばれていたようです。また、2015年にしくじり先生に出演し話題を集めました。

徳永善也:ドラムス。筑紫工業高等学校(現・筑紫台高等学校)卒業。チェッカーズ加入前からドラマーとしての評判が知れ渡っており、多くのバンドから勧誘されていたんだとか。通称「クロベエ」。また、2004年に舌癌で逝去されます。煙草の愛好家だったそうです。

チェッカーズとはどんなグループ?

1980年、福岡県久留米市で結成されたポップスバンド。また、初期メンバーは藤井フミヤさんと武内さん。1983年『ギザギザハートの子守唄』でデビューすると、耳に新しい曲調とメンバーの不良っぽい雰囲気で注目を浴びます。そして翌年リリースした『涙のリクエスト』のヒットにより、人気は爆発します。

オリコンなどの音楽チャートトップ10内に3曲が同時にランクインするなど、瞬く間にスターの仲間入り。メンバーが着用していたチェック柄の衣装や藤井フミヤさんの特徴的な髪型は、当時のファッションのトレンドにも多大な影響を与えたそう。スターであり、カリスマとも言えますね。

テレビ全盛の時代にスターであったチェッカーズ。その人気というのは現在のアイドルすらも超越したものだったんだとか。後述しますが、藤井さんと高杢さんの見えないところでの確執で解散してしまうには惜しいグループだったようです。

チェッカーズメンバーの現在

藤井フミヤさんの弟の藤井尚之さんについて。チェッカーズ解散後は、ソロアーティストになり北野武(ビートたけし)さんの映画教祖誕生のサウンドトラックなども手掛けました。また兄である藤井フミヤさんとF-BLOODも結成しておりそちらの活動も行っています。

リーダーの武内亨さんは、現在はソロミュージシャンとして活動しています。Twitterを覗くと色々なところに出掛けているようです。また、大土井裕二さんも、現在も音楽活動を続けており、ソロライブを日本各地で開催しています。音楽業界に携わる方が多いようですね。

高杢禎彦さん。解散後は番組MCなどタレント活動をしていましたが、2003年にチェッカーズの内幕をばらした暴露本をリリース。その本にはチェッカーズがオリジナルメンバーで楽曲を制作している理由などのタブーに触れた物で、後の徳永さんの葬儀では別席に座らされるという報復を受けます。

チェッカーズ解散の理由は?

全曲メンバーオリジナルのアルバム『GO』が発売される頃には、藤井尚之さん鶴久さん、高杢さんがソロ活動をスタート。『NANA』までは与えられた曲でパフォーマンスを披露していたわけですが、これによってメンバーの中に創作意欲や独立心が高まったのかもしれないですね。

決定的なのが藤井フミヤさんの結婚。世の女性たちが受けたショックは木村拓哉さんや福山雅治さんの結婚にも匹敵するほどだったんだとか。それに続くかのように4人のメンバーが相次いで結婚、幸せな家庭を築く一方で、グループとしての存続が困難になり、メンバーはそれぞれの道を歩むことになります。

藤井フミヤさんと高杢禎彦さんの確執の原因・理由とは?

藤井さんと高杢さんの確執というのは、芸能人によくある不仲説などではなく本当なんだとか。91年秋、メンバーのソロ活動が目立ち溝ができ始め、結婚も相次いだころ、藤井さんが解散を提案し、これに「解散して飯を食っていけるやつはいない」と食い下がったのが高杢さんなんだとか。

チェッカーズメンバー・クロベエの葬式でも…

徳永さんと亡くなる直前まで交流があった、藤井兄弟、武内さん、大土井さんとWILD-Gの隅富太郎さんが発起人となり、葬式(徳永善也さんを送る会)が開かれたそうですが、高杢さんと鶴久政治さんは発起人から外されたのだとか。また、葬儀の方に藤井さんは参列しなかったそう。

高杢さんの出版したチェッカーズの暴露本。解散した現在も不仲!

高杢さんは2003年、チェッカーズのタブーなどに触れた暴露本を出版します。なお、高杢さんはワイドショーでこれを「ぼうろ本」と読み、現場を凍り付かせたそう。そんな方が自らを高め、藤井さんをすぼめる内容を書いた本ですから、高杢さんは自らの評価を爆下げしてしまいます。

コンサートでのマナーを呼び掛け。現在も続く改革?

最後に良い話を一つ。チェッカーズは現在では当たり前のマナーである【ペンライトの使用禁止。紙テープや贈り物等、ステージへ物の投げ込み禁止。MCを行なっている時のメンバーへの声援禁止。バラード等、静かな曲を演奏している時の手拍子禁止。】をファンに訴え、浸透させたんだとか。

当時、男性アイドルのコンサートでは、MC中はずっとメンバーに声援を行なうことが普通であったため、MCを聞いていないファンも多かったんだとか。しかし、このような禁止行為についてファンに呼びかけを行なうアイドルは当時は皆無であり、チェッカーズの功績は意外なところでも見られるようです。

チェッカーズのまとめ 解散や不仲の理由など

今回はチェッカーズについて紹介しました。メンバーの徳永さんが逝去し、藤井さんと高杢さんの確執は現在も続いていることから完璧な再結成は不可能となりました。しかし、チェッカーズについては、このまま綺麗な伝説の存在になったほうがブランドとしての価値もありそうです。