ピンクレディ・mieとケイの若い頃と現在!病気?テレビに出ない理由とは エンタメ

ピンクレディ・mieとケイの若い頃と現在!病気?テレビに出ない理由とは

1970年代後半から1980年代初期にかけて活躍したピンクレディ。テレビが最上の娯楽であった時代に、ピンクレディはスーパーアイドルと言っていいほどの人気ぶりだったそうです。解散から30年以上が経った今、メンバーのmieさんとケイさんはどうしているのでしょうか。

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元ピンクレディ mieさんがテレビに出ない理由は?

昭和のスターアイドルとして親しまれたピンクレディ。ケイさんはともかく、mieさんはあまり見かけません。ゴールデンタイムのバラエティでたまーに見かける程度ですね。なぜなのか、理由が特に明かされていないため視聴者やかつてのファンの間では憶測が飛び交っています。

まず病気説。後述しますが、ケイさんこと増田恵子さんも難病を患い、階段を登れなくなるほど苦しんだそうです。それ故、mieさんの方も何か病気にかかったのではないか?と言われているわけですね。しかし時々テレビに出てくるmieさんはお元気そうですよね。

次がケイさんとの不仲説。しかしもう解散しているため2人でテレビに出る必要はありませんし、どうしてケイさんと仲が悪ければテレビに出ないということになるのでしょうか?しかし確かに、「2人で」テレビに出ない理由としては、この説はありえない話ではありませんね。

元ピンクレディ mieさんのプロフィール

mieさんは2006年から芸名を改め、「未唯mie」と表記するようになりました。生年月日は1958年3月9日で今年60歳になります。本名は根本 美鶴代(ねもと みつよ)。出身は静岡県静岡市葵区。血液型はA型。最終学歴は地元の高校、常葉高校卒業。

1976年、ピンク・レディーとしてビクター音楽産業、T&C ミュージックからメジャーデビュー。数々のヒット曲を出し一世を風靡。1981年の解散後はソロ歌手のほか、タレント、女優として活躍。何度か再結成されたピンク・レディーにおいては、現役時代と変わらぬスタイルとパフォーマンスを見せました。

1984年には、TBS系ドラマ『不良少女とよばれて』の主題歌となった「NEVER」が大ヒット。1998年からはアニメタルファミリーのアニメタルレディーとしても活動。そのきっかけでアニメタルのプロデューサーであった佃淳三と結婚しますが、2004年に離婚。

近年はホール公演やディナーショーばかりではなく、小規模客席数のライブハウスなどでも多く公演を行っているそうです。芸能活動もしつつ、ホール公演やディナーショーというのが大御所らしいですね。当時のファンや現在のmieさんが好き、という方が参加されているようですね。

元ピンクレディ ケイさんのプロフィール

増田 惠子さんは本名は桑木 啓子(くわき けいこ)というようです。生年月日は1957年9月2日で今年60歳。出身はmie三と同じく静岡県静岡市葵区。最終学歴も同じ。血液型はO型。ケイ・オフィス所属。

1981年3月31日のピンク・レディー解散後はソロ歌手となり、デビュー曲の「すずめ」が26.7万枚のヒット。その後も「女優」、「FU・RI・NE」などをリリースした。ピンク・レディー時代は”増田啓子”(当時の本名)であったようですが、ソロデビュー後は芸名”増田けい子”に改めたそうですね。

1986年頃から芸能活動はほぼ休業状態に入り、しばらく目立った活動はありませんでしたが、1989年にIVS音楽出版バックアップのもとフランスデビュー。フランスでは仏語6曲、英語4曲でレコーディングされたアルバム『SimplesConfidence』”KEIKO MASUDA 増田恵子”がJUST’INより発売。

2001年には舞台にも復活、その後は声優にチャレンジするなど幅広い分野で活躍。2002年6月23日、音響会社「ギルド・ジャパン」社長の桑木知二氏と結婚。2003年から2005年のピンク・レディー復活コンサート以降はトーク力が評価され、テレビ番組への出演が増え、タレントとしての活動が目立つように。

元ピンクレディ mieさんとケイさんの若い頃と現在

ピンクレディのお二人の若い頃と現在を見比べてみると、美しさは相変わらずといった印象を受けます。流石、現在も芸能人をされているだけありますね。昭和のアイドルは現在とはレベルが違うとよく言われますが、確かに納得できますよね。

昭和のスターアイドル・ピンクレディの結成秘話

中学、常葉高校(現・常葉大学附属常葉高校)時代に同級生だった二人は、1973年にヤマハ音楽が主催するオーディションにそれぞれ合格、特待生としてヤマハボーカルスクールに通う事になります。講師の勧めで“クッキー”というデュオを結成し 歌手を目指していたそうです。

デビューのきっかけとなった日本テレビのオーディション番組『スター誕生!』出演時は、二人おそろいのオーバーオールを着、素朴な雰囲気で登場。歌も当時ほとんど無名に近かった、フォークグループの曲を唄う事で逆に注目され合格します。ちなみに増田恵子さんは、狙って素朴な格好をしたんだとか。

24時間テレビでも共演ならず。現在も尾を引く不仲説。

2017年の24時間テレビではテレビ業界に大きく貢献した放送作家・作詞家である阿久悠さんの人生を描いたスペシャルテレビドラマが制作され、同番組内では作詞曲のメドレーが歌われました。メドレーの1曲目はピンクレディの「UFO」。しかし登場したのはケイさんとMAXの4人。

mieさんの登場はありませんでした。特に病気をしているわけでもないのにその場にいなかったことから、解散当初から流れていたケイさんとの不仲説に拍車をかける事態となってしまいます。ケイさんは不仲説をインタビューで否定していますが、なぜ出演がなかったのでしょうか…?

元ピンクレディ mieさんは鼻整形をしている?

昔の写真と現在の写真を見比べてみるとmieさんの鼻が少し違うことが分かります。高くなっていますね。子供の頃と現在を見比べれば成長の過程で変わったという解釈もできますが、どちらも大人になってからのものです。元々綺麗な方に限って、整形に走ってしまうのは残念ですよね。

ケイさんがかかった病気とは

ピンクレディー解散から10年目、念願の映画初出演の撮影中に、増田恵子さんはバセドゥ病を発症してしまいます。バセドゥ病とは、甲状腺ホルモンが過剰に作られる難病。症状としては、四肢の麻痺や頚部の膨張、眼球突出による視力低下が代表的です。

増田恵子さんは、不調を、3年間も周囲に隠し続けた結果、たった数段の階段すら登れないほど症状が悪化。投薬によって、結婚前には症状が落ち着いていたものの、2003年のピンクレディ再結成により肉体への負荷が原因で再発。現在も芸能活動をセーブしつつ闘病されているようです。

レコード大賞でピンクレディ復活?

2017年の日本レコード大賞特別賞を、阿久悠さんが受賞したことを記念し、同年12月30日の『第59回 輝く!日本レコード大賞』でピンクレディのお二人は当時の楽曲を披露されました。mieさんと増田恵子さんの圧巻のパフォーマンスに、司会を務めた女優の天海祐希さんもノリノリ。局アナの方も大興奮でした。

ピンクレディのまとめ 現在のmieさんとケイさん

今回はピンクレディのお二人について紹介しました。還暦を迎えた現在でも圧巻のパフォーマンスができるというのは凄いですね。恐らく、お二人は芸能活動を控えめにしつつも可能なペースで、生涯アイドルでい続けるおつもりなのかもしれませんね。