尾崎豊が26歳という若さで死亡した死因とは?後に発見された遺書も紹介

「若者のカリスマ」や「10代の代弁者」は誰かと聞かれたら、多くの人は尾崎豊さんの名前を口にすると思います。若すぎるうえに謎に包まれた死は日本人に深い悲しみと憶測を呼びました。死後25年以上が経過した今、あらためて当時の状況を振り返ります。

尾崎豊さんは肺水腫が死因で死亡した?

1992年4月25日、26歳の若さで若者のカリスマ・若者の教祖とまでいわれたスター、尾崎豊さんは急逝します。当時の警察は飲酒による肺水腫が原因で死亡したと発表しますが明らかにそれだけではない、不自然すぎる謎に包まれた死亡の現場。

尾崎豊の謎の死の真実?不倫が原因?妻との馴れ初め、残された子供、そして遺産は?

目撃情報では尾崎さんの行動は常軌を逸した異常なものであり、尾崎さんは全裸になって空手の型のような動きを繰り返し、更には何度も何度も力を入れて体のあらゆる部分を地面に擦り付けていたといいます。酒癖の悪い人でもここまではしません。死因は過剰飲酒でないのは間違いなさそうです。

尾崎豊さんプロフィール

1965年11月29日生。1992年4月25日没。享年26。出身は東京都練馬区で死没は東京都世田谷区。青山学院高等部中退。1983年12月、高校在学中にシングル「15の夜」とアルバム「十七歳の地図」でデビュー。尾崎さんをカリスマに導いたのは夢や愛、生きる意味をストレートに表現した赤裸々な歌詞。

社会や学校の中で感じる葛藤や心の叫びを表現した楽曲の数々が1980年代から1990年代初頭にかけての若者を中心に多くの人から共感を呼び、尾崎さんは若者のカリスマとなります。死から25年以上経過した現在でも多くのファンやミュージシャンに支持されています。

尾崎豊と斉藤由貴が別れた理由は?結婚秒読みだった?フライデーの不倫報道は?

プライベートでは斉藤由貴さんとの交際が報じられるなどしていましたが、後に一般女性と結婚されます。26年という短い生涯でしたが、その間に息子である尾崎裕也さんが生まれ、現在は尾崎さんの背中を追うように歌手として活動されています。これは、後半に紹介します。

尾崎豊さんの死亡時の状況は!?

尾崎さんは自宅から500mほど離れた民家の軒先で、衣服を何も身に着けていない全裸の、それも傷だらけの状態で発見されます。更に、その直前の行動は前述した通り泥酔した人間の悪ふざけとはまるで違う異常なもの。奥さんの繁美さんも「自殺ではないのでは」と語っています。

体内から発見された多量の覚せい剤が死因か

尾崎さんの死因は飲酒による肺水腫と発表されていましたが、尾崎さんの体内からは致死量の約2,64倍にあたる覚せい剤が検出され、肺水腫であることに間違いはないにせよ、その原因が飲酒ではなく覚せい剤の過剰摂取であることは明らかと言っても過言ではありません。

ちなみに致死量の約2,64倍の覚せい剤というのは、メタンフェタミン約3グラム、当時の末端価格にして約54万円分の量になります。この時期の尾崎さんは精神的に低迷していたとはいえ、これを自分で摂取するということがあるのでしょうか…?

尾崎豊さんの遺書1つ目

「先立つ不幸をお許しください。先日からずっと死にたいと思っていました。死ぬ前に誰かに何故死を選んだのか話そうと思ったのですが、そんな事出来るくらいなら死を選んだりしません。ただ死という状況が瞬く間に訪れるのです。生と死を知り、生を葬るのです。

生と善意はあれど死を感ずるところ、ただ失意の如くに死に向かい今、人の群棲を歩き、痛み、ただ雨の如し。思いう虹まだ浅き月日おも人言う己を語り尽くすには足らず。最果ては全てを許したいけれど、その余り今なお生きる我に痛みの雨ぞ降りて祈り、あなたの歌が聞こえてきます。

まだ若かったころのあなたの声があなたのぬくもりが甦ってきます。さようなら、私は夢見ます。」…この遺書は死亡したのちにセカンドバッグから発見されたそうです。しかしこれは死の直前ではなく、死の3年前に自殺未遂をした際のものではないかと尾崎さんの父親は語っています。

尾崎豊さんの遺書2つ目

「尾崎繁美となりたもうた女神よいまの悲しみに真のあなたの美しき華麗な優しさを覚えます。やがて、この暮らしを鏡として、そしてあなたを求愛し、貴方を幸せに導きます。私たちの会いに育まれる天使悠哉を、天命のもとに敬愛します。

あなたは天命たる天女、そして天命たる女神、子はその道のもとに生まれたる天使。やがて世の幸を待つ人々にとって使徒となるものたちが、私たちのために幸働く日が来るでしょう。その日のためにあなたをこよなく愛します。あなたを生涯守ります。

あなたに世界、そしてこの世の全ての幸せとなる尾崎豊より捧げます。天の女神、そして天の使徒を守る天の子、そして幸を待つ人々のために。繁美、あなたは本当に女神なのですよ。裕哉、君は間違いなく天使なのですよ。私はただあなたを愛する名の神でありつづける。

皆の言うことをよく聞いて共に幸せになって下さい。」この遺書は血判つきで、死の1か月後に発見されたもののようです。これは、遺書なのでしょうか?家族への愛を綴った詩のようにも見えますね。尾崎さんの父親とお兄さんも、これを書いてから自殺をしたとは考えにくいと語っています。

遺書からわかる尾崎豊さんの自殺願望

2つ目の文章が遺書であるかは疑わしいものがありますが、1つ目は間違いなく遺書ですね。尾崎さんの父親曰く、尾崎さんは2回ほど自殺を図ろうとしたことがあるそうです。尾崎さんは普段は気さくで明るかったようですが、反面とても繊細な心の持ち主だったと言います。

そのことから、尾崎さんの死は自殺だったのではないかと考える方もいます。カリスマという立場を妬んだ人間や尾崎さんに恨みのある人間による他殺という説もありますが、当時の尾崎さんの精神状態を考えればどちらも腑に落ちるんですよね。それが、かえって真相を分かりにくくしているのでしょう。

追悼式の規模

尾崎さんの葬儀と追悼式は雨の降る中、東京都文京区の護国寺で行われ、参列者は4万人近くに上り、規模は忌野清志郎さん、美空ひばりさん、坂井泉水さん、元内閣総理大臣の吉田茂に匹敵する規模になったそうです。尾崎さんのカリスマ性がわかりますね。

尾崎さんのファンは、現在でも増え続けていると言います。時代が変わっても若者の繊細さや、社会への疑問、愛や夢などは変わるものではありません。それをストレートに歌詞にした尾崎さんの曲は、現代の若者である私たちの心すらも打つということですね。

尾崎豊さんの息子、裕哉さん

最後に明るい話題を1つ。尾崎さんの息子である尾崎裕哉さんは現在、父親である尾崎豊さんと同じく歌手として活動されています。元々はラジオパーソナリティをされていたそうですが、ここ数年は父親の名曲をカバーしたり、自身のオリジナル曲も発表するなど精力的に活動されていますね。

今年で29歳。尾崎さんの亡くなった年よりも上です。また、姿や声が父親である尾崎豊さんに似てきたと話題を呼んでいるようですね。当時からのファンは、息子の裕哉さんにかつての尾崎さんを重ねて涙を流している方もいるでしょう。今後のメディアへの登場が楽しみですね。

まとめ 死因は分かっても死亡の理由は闇の中

今回は尾崎豊さんについて紹介しました。死の真相を、私たちが知る日は来るのでしょうか。そう思いたいですが死後25年以上経過した今、もはや真相は闇の中となりました。ここは知りたいという気持ちは抑えて、忘れ形見である裕哉さんの今後の活躍に期待して、応援したいですね。