平野紫耀さんは病気?ADHD?暴露で盲腸発覚!夢遊病・川崎病も? エンタメ

平野紫耀さんは病気?ADHD?暴露で盲腸発覚!夢遊病・川崎病も?

平野紫耀さんといえば今年デビューしたKing&Princeのメンバーです。ドラマ『花のち晴れ〜花男』では、ヒロインの相手役に抜擢され、人気がうなぎ登りの平野紫耀さんが実は病気だったというのです。では、どんな病気だったか調べてみました。

平野紫耀さんの病気だった?盲腸??

平野紫耀くんが忙しい2017年デビュー前に盲腸の病気になっていたそうなのです。手術はしてないようですが、昨年の2017年10月に単独初座長の19歳座長の新記録で務めた舞台「ジャニーズ・フューチャー・ワールド」の博多座公演と梅田芸術劇場公演の期間でした。

平野紫耀さんは「まいじゃに」でも、先日TBS系列にて放送された『Mr.KING VS Miss QUEENの青春ダンス!』という特別番組で平野紫耀くんは体調不良でドクターストップがかかってしまい、参加できないと永瀬廉くんが話していました

平野紫耀さんが盲腸でドクターストップ?

平野紫耀くんが、盲腸で点滴を打ちながら仕事していた事が永瀬廉くんによって暴露されました。10月初旬の文化祭での発表に向けて8月初旬から約2カ月間本気で女子高生にダンスを教えるという内容の番組でしたが、文化祭の当日、病院の先生にドクターストップがかかったそうです。

正確な時期は永瀬廉くんは雑誌では言っていませんでしたが、10月初旬です。ちょうど、実際「まいじゃに」で、平野紫耀くんは「ジャニーズ・フューチャー・ワールド」博多座と梅田芸術劇場の間に体調崩したと言っていました。 たいちを崩すどころか、ドクターストップだったので、かなりきつかったのではないでしょうか。

盲腸で点滴をしていたと永瀬廉さんが暴露!!

平野紫耀くんが、盲腸になりながらも点滴をしながら頑張っていた様子を、雑誌「TVガイド」のMr.KING特集で、同じMr.KINGのメンバーである永瀬廉くんが話をしていました。メンバーからもそういってもらえるというのは、凄いことてまはないでしょうか。

『Mr.KING VS Miss QUEENの青春ダンス!』という特別番組で10月初旬の文化祭での発表に向けて8月初旬から約2カ月間本気で女子高生にダンスを教えるという内容の番組でした。文化祭の当日、平野紫耀くんは体調不良でドクターストップがかかってしまい、参加できなかったと永瀬廉くんが話しています。

平野紫耀は夢遊病?寝る時に全裸で体にKing&Princeとマジックで書けばいい?

2019年6月に「バズリズム02」に出演した平野紫耀さん。自身の夢遊病について語りました。

ベッドでちゃんと毎回寝てるんですけど、パッと起きたらソファにいたりとか、1週間前はキッチンで片手にレコード抱えて寝てたんですよ。

さらに、

(小さい頃、寝ている間に)玄関開けて、車庫開けて、止まってる自転車にまたがってました。

普段のテレビでも天然キャラが印象的ですが、これは少し心配になるレベルの病気です。

フライパンに卵を割って、その状態で固まっているときもあったみたいなんです。

完全に夢遊病ですよね。これにはKing&Princeの他メンバーも驚きの様子で、初めて知ったと言っています。これについてバカリズムさんは、夢遊病を直すには寝る時に全裸で体にKing&Princeとマジックで書いておけば、緊張して変なことはしなくなるだろうとコメント。

放送後ファンからは心配の声が上がり、病院に言った方がいいというコメントが殺到しました。中には、普段の天然キャラぶりへの心配も合わせて、ADHDの検査をした方がいいと言っている人もいたほどです。

平野紫耀さんは噛み癖が病気?ADHDなのではないかとの声まで

平野紫耀さんは「噛み癖」がひどく、病気なのではないかと言われています。なんでもKing&Princeの他のメンバーの持ち物に噛み付いてしまう癖があるそう。今まで、岸さんの携帯電話、岸さんの財布、永瀬廉さんの新品の革製のカバンなどが被害に合っていることが2019年6月放送のさんま御殿で明かされました。平野紫耀さんの歯型までくっきり残っているとのこと。

ADHDの特徴の一つに、「爪噛み」があり、身の回りにあるものを噛むことは「半覚醒、半睡眠の状態」にある脳を覚醒させるための自己刺激的な行動だと言われています。平野紫耀さんは普段の天然キャラの印象が非常に強いこともあり、この時にもADHDではないのかという声がネットで上がりました。

SNS上では、平野紫耀さんは可愛げがあり、ADHDだとしてもそれがかえって可愛いという意見が多いです。誰からも愛されていることが分かります。

平野紫耀さんは幼い頃に川崎病という病気?!

平野紫耀くんは、小さい頃に川崎病にかかった事を言っています。治療のために、注射を打った瞬間に、自分の体がドラゴンボールのナメック星人みたいに緑色になったとお母さんから聞かされていたようです。大きな手術を受けて、手術自体は成功したものの、激しすぎる運動も禁止で、学生時代は、リレーや長距離走は全部駄目だったそうです。

今でもアクロバットもかなり気をつけながらやっているようです。定期健診も定期的に受けているそうです。ジャニーさんも、特に平野紫耀くんの体には、気を遣っているようで、「大丈夫?病院連絡したら?」と常に気にかけてくれているようです。だからこそ、平野紫耀くんは、常に頑張っているのでしょう。

平野紫耀さんのかかった川崎病という病気は?

平野紫耀くんがかかった川崎病とは、主に四歳以下の子供がかかる病気です。全身の血管に炎症が起こります。高熱、発疹、頸部のリンパ節腫脹が表れます。川崎病という名前は、川崎富作博士がこの病気を見つけたので、世界的に『川崎病』と呼ばれています。別名は、小児急性熱性皮膚粘膜リンパ節症候群とも言われていました。

この病気の原因はよくわかっていないようなのです。感染病ではないので、人に移ることはありません。適切な治療を行えば多くの患者さんは解熱し、元の日常生活ができるようになります。しかし、重度になれば、心臓の冠動脈に異常を残す後遺症が出る場合があります。重度の場合は、バイパス手術などしないといけない場合があるようです。

平野紫耀さんは川崎病のために運動禁止?

平野紫耀くんがかかった川崎病では、軽ければ、適切な治療で完治しますが、平野紫耀くんが語った話だと、手術もしたということも言われています。しかも、激しい運動もできなかったという事ですので、おそらく後遺症の影響で、心臓の冠状動脈瘤ができてしまったのではないかと考えられます。

冠動脈が狭くなってしまうため、バイパス手術などの外科手術を行い、十分な血液を送れるようにする治療をしたのではと考えられるのです。小さい頃ですので、お母さんもかなり心配されたのではないでしょうか。今も気をつけながら、活動をしていますが、盲腸でドクターストップするまで頑張る姿もあるので、心配です。

平野紫耀さんはジャニアイで母の闘病を告白!!

平野紫耀くんが2016年にジャニアイで、「母親が東京に出るときに頭に悪性の腫瘍が見つかった」と言ったセリフから、お母さんが闘病中であるという事が明らかになりました。 最初は、ファンも疑心暗鬼でしたが、詰まり気味のセリフから、本当であることが分かりました。次の日には、スポーツ紙で報道されてしまいます。

小さい頃に両親は離婚して、シングルマザーで育ってきていました。東京に進出することは、母親の治療費などをみるために、自分が今後は面倒をみる覚悟だったように思います。現在は、母親も再婚はされているようですが、自分が母親を守るという決意は変わらないようです。

平野紫耀さんは腰痛も持っている

「ZIP」内のキンプリ新体操部はタンブリングのコーナーでの出来事。企画中に平野紫耀さんの腰痛が激しくなり、平野さんはお休みとなりました。このことで、以前から実は腰痛持ちだったことが明らかになり、ファンからも心配の声が上がりました。

平野紫耀さんは母子家庭?兄弟は?

先程も少し書きましたが、幼い頃に両親は離婚しています。弟もいるようです。三人家族だったようですが、おばあちゃんも一緒に住んでいたようです。友達が遊びに行った時の話で、おばあちゃんがいたという話があります。

弟の名前は、莉玖くんという名前です。EXILEの名古屋ライブのバックダンサーを務めたり、ラッパーのコンテストなどに出ています。今では。ラッパーとして活躍しています。2015年3月には、平野紫耀くんより先にRICKYの名前でCDを出しています。

平野紫耀さんの天然?

平野紫耀くんの天然ぶりは、すごく有名だそうです。その遺伝は、おばあちゃん譲りだそうです。元関西ジャニーズJr.の友達が家に泊まりに来た時に、メガネをかけた友達を見ておばあちゃんが『インテリアだね』と言ったそうです。おばあちゃんは間違いにまったく気付かないよう

だったようです。自分の天然は、言葉の間違いも多いようです。「名古屋でずっと生きてたんですが‥」ゲームをしていた時に「リトライ」というところを、「リストラしたい、リストラしたい」監督を「メガホン」と言ってみたりと、自分の思ったままが言葉にでるようです。

平野紫耀さんの今後の活躍に目が離せない!!

平野紫耀くんは、デビューしたばかりですが、ジャニーズとしてグループとしても、人気が上がっていますが、個人としてもジュニア時代から天然なところや頑張り屋さんなところが人気です。幼い頃からの病気で、運動制限にも関わらず、運動から逃げずに、自分なりにできる範囲で、ダンスやアクロバットなど

自分の個性を伸ばそうとする姿、母親の闘病を支えようと、自ら東京に出て、弱音を吐くことなく、一生懸命与えられた仕事をこなす精神には、言葉では言い表せないほどの、努力を感じさせられます。これからも、無理をしないていどで、歌、ダンス、ドラマなどに活躍してもらいたいです。