玉置浩二は病気・統合失調症や躁鬱を患っている?青田典子が献身的に支えている!

玉置浩二の奇行の陰には病気が。玉置浩二は音楽に意欲的過ぎて病気で入院したことも音楽のプレッシャーで病気になることもあります。統合失調症と躁鬱の症状、入院の様子、統合失調症と躁鬱の違い、病気でも玉置浩二を支える妻のサポートなどについて調べました。

玉置浩二は統合失調症だった?!躁鬱との噂も?

美しいメロディライン、日本一ともいわれる歌唱力で、多くの人気や尊敬を集める天才歌手・玉置浩二ですが、精力的な音楽活動の反面、病気による入院でファンや関係者を心配させたり戸惑わせることもあります。玉置浩二が入院を必要とするほどの病気を患うとは心配ですね。

松居一代は統合失調症!?その他の病気や症状も疑われる暴れっぷりに驚愕!

玉置浩二が「憩室炎」という病気で入院!

2016年5月、玉置浩二が緊急入院を理由にライブを中止することが発表されました。突然の高熱や腹痛に悩まされていた玉置浩二が入院することになった病気とは「憩室炎」というお腹の病気です。入院というと大病のイメージがありますが、玉置浩二が苦しんだ憩室炎とはどんな病気なのでしょうか。

憩室炎とは大腸の壁から飛び出した複数の袋(憩室)に炎症や感染症が起きた状態のことです。加齢に伴って憩室ができるのはさけられないものであり、一度出来るとなくならないそうです。また40歳以上の男性に多い病気です。憩室炎にかかりやすいタイプとしては便秘気味の人は要注意です。

玉置浩二は病気で1ヵ月も入院していた?!

憩室炎症はひどくなると腸閉塞につながる危険な病気であるため、玉置浩二がツアーをキャンセルしてまで入院したのは無理もありません。玉置浩二は完全に炎症が治まるまで安静と抗生剤の点滴、食事制限、1ヵ月の休養期間が必要と判断されての入院となりました。

退院後は地獄のトレーニングをして、無事カムバックした玉置浩二は伸びのある歌唱で観客を魅了しました。以前からの悪癖である酒が原因ともいわれる今回の病気騒動を反省してか「一生禁酒」の断酒宣言も飛び出した玉置浩二。しばらく元気でがんばってくれそうですね。

玉置浩二は精神的に追い込まれ統合失調症になっていた

玉置浩二が自ら認めた病気とは統合失調症です。仕事のプレッシャーから発症されたとされる統合失調症により玉置浩二は長年苦しみ、ライブでも奇行が目撃されたり、身近な人を傷つけることもありました。統合失調症は脳の神経系の病気であり、100人に1人の割合で発症していると言われています。

そして統合失調症には神経伝達物質のアンバランスが深い関係があることから多くの治療薬が開発されてきました。統合失調症では様々な症状があり、不眠、音や気配に敏感、安心感の欠如といった感覚になり、やがて頭の中が騒がしく大きな疲労感に見舞われたりします。幻聴や妄想も特徴的な病気ですね。

精神病の一つである統合失調症を発症した芸能人・有名人とは?原因や治療法は?

玉置浩二は病気の影響で悪態をついていた?

玉置浩二が突然ステージ上で寝転がるなどし、体調不良を理由にラスト4曲を残して打ち切り。同12日の福岡公演では冒頭から酔ったような様子で、バンドに演奏をやり直しさせたり、客席からのブーイングに「嫌なら帰ってくれ」などと悪態をつきました。

制止するスタッフを突き飛ばす場面もあり、メンバーが途中でボイコットし、その場でチケット代の払い戻しが決まるほどのひどい内容だったといいます。この悪態こそが、病気の影響ではないかと言われているのです。

玉置浩二は統合失調症で入院していたが逃げ出していた?

メンバーに演奏をやり直させたり、観客に罵声を浴びせるといった奇行が問題になっていた玉置浩二でしたが、統合失調症による入院をしました。しかし薬漬けになるのが嫌で3日で脱走します。その時のことを語っていました。

「ほんとは何ヶ月も入院しろっていわれたの。でも3日で脱走した。だってね、病院入っているとね、1日中眠らされるんですよ。「あ~、こんなことしてららダメだ」って思って、抜け出して北海道の実家で半年間静養してたんです。」このように玉置浩二は語っていました。

玉置浩二は躁鬱にもなっていた?

躁鬱とは別名双極性障害ともいわれる病気です。躁鬱になる原因はもともと脆弱になりやすい体質や、心身に負荷がかかりすぎて脳の機能のバランスがとれなくなることといわれています。またうつ病から双極性障害に転じることもあります。双極性障害なのにうつ病の治療をしても無意味なので、安易な判断はしてはいけない病気です。

病気の名前としては躁鬱の方が有名ですが、世界共通の名称にしようというながれで「双極性障害」という病名が使われるようになりました。双極性障害もまた仕事や家庭への影響が大きく、離婚率や自殺率が高いと言われる病気です。

玉置浩二が躁鬱を回復したのには家族の力があった

玉置浩二の場合は北海道の母親のもとで過ごしたことで元気を取り戻したそうです。母親から「お金このことも音楽のことも一切考えなくていい。音楽やってそんなに悩むなら音楽やめて農家やろう」と言葉をかけられてふっと肩の力が抜けたことで病気が良くなりました。

久しぶりにリラックスできた玉置浩二はしばらく地元の仲間と過ごすことで次第に回復したそうです。そして作られた玉置浩二の名曲が「田園」です。”生きていくんだ、それでいいんだ”という歌詞が繰り返されるこの歌に元気をもらう人も多いですよね。この歌詞が生まれるまでには玉置浩二の壮絶な病気体験がありました。

玉置浩二を支えたのは妻の青田典子だった

躁の時は驚くほどの万能感に溢れエネルギッシュかと思えば鬱状態になったりと躁鬱のサイクルには本人が疲れるだけでなく家族も大変な思いをします。玉置浩二の妻・青田典子はそんな中献身的に病気に苦しむ玉置浩二を支えています。

しかし、青田典子は玉置浩二を見捨てないどころか、玉置浩二が周囲に迷惑をかけた際は玉置浩二の代わりに謝罪してまわるそうです。こんなに青田典子が玉置浩二に尽くせるのは、心から玉置浩二を尊敬しているからだそうです。大変だと思いますが、玉置浩二にはこれからも青田典子のサポートが必要そうですね。

玉置浩二は薬師丸ひろ子と離婚してから体調を崩した

仲睦まじく見えた玉置浩二と薬師丸ひろ子の関係でしたが残念ながら7年という結婚生活に幕を閉じることとなりました。離婚原因については語られていませんでしたが玉置浩二のDVではないかと言われています。

そのDVという行動にはしったのも病気のせいではないかと言われているのです。まさに躁鬱状態だったと言えます。まだこの当時は病院にもいっておらず、何が原因かもわかっていませんでしたが、玉置浩二も薬師丸ひろ子も困惑していたことでしょう。病気がわかってからはこの病気と向き合っているそうです。

玉置浩二のプロフィール

  • 名前:玉置浩二
  • 生年月日:1958年9月13日
  • 出身地:北海道旭川市
  • 血液型:A型
  • デビュー:1982年(安全地帯のボーカルとして)
  • 最新曲:サーチライト(2013年)

玉置浩二のファーストキャリアでもあった所属バンド安全地帯は元々は井上陽水さんのバックバンドとして活動をして、そこからメジャーデビューにこぎつけました。その後、「ワインレッドの心」や「恋の予感」「悲しみにさよなら」などのヒット作品を連発。

玉置浩二の病気のまとめ

繊細な心の持ち主ながら有名になり過ぎて負荷が過剰になってしまった天才歌手・玉置浩二ですが、家族のサポートを頼りにしながら病気が辛い時は遠慮なく休んで、身体を第一にこれからも歌っていってほしいですね。今後も数々の名曲をうみだしてくれることを期待しています。